【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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68 この手は凄い手です

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 弟。
 リンドウは、この国の王と王妃の子である。ミタマが追い出された今、唯一の、王の子だ。
 そのリンドウが、弟と言った。
 宰相は、殿下と呼んだ。
 まさか、本当に?
 医師長が、流石に口をつぐんだ時である。使いに出ていた医師見習いが、他の医師を連れて帰ってきた。一人は直属の部下だったが、一人は騎士団所属の若い医師だった。手に負えない患者の最後の下請けとも言える、すべての面倒事を押し付けてきた相手である。
 この姿で会いたくはなかった。
 部屋に入った三人が、縄で縛られ、衛兵にその縄を持たれている医師長を見た。その目が、驚きに開かれる。
 
「これは、一体……。」
「よく来てくれた。喉の薬にもなる蜜、というものに心当たりはあるか?」

 宰相は、医師長を部屋から出す時間が無かったので、とりあえず部屋の隅に寄せて、新しく呼ばれた医師に尋ねた。医師長のことを説明して、カナメヅカの怒りに油を注ぎたくはない。まずは、ヤクモ様の不快を取り除きたい。

「喉の薬にもなる蜜?」

 聞いた医師二人は、共に首を傾げたが、騎士団所属の若い医師は、すぐに気を取り直して宰相に尋ねた。

「喉が傷んでいるのですか?患者はどちらに?」
「こちらのヤクモ殿下です。」

 宰相に名を呼ばれて、ヤクモは嫌そうにイズモの胸に顔をうずめた。
 若い医師は、人懐っこい笑みを浮かべて、ははあ、と頷く。
 ゆっくりとソファに近寄るとそこに膝をついた。

「こんにちは、ヤクモ殿下?僕はミナツキ・ワカヒコと言います。体の、痛いところや苦しいところを治す医師です。痛いところや苦しいところはありますか?」

 優しい物言いがイズモに少し似ていて、ヤクモはおずおずと顔を上げた。
 そのまま、じっとワカヒコを観察している。その手は、イズモの服を、ぎゅうっと握っていた。ワカヒコも、ヤクモの顔や体をそっと観察する。
 
「ワカヒコ先生。ヤクモは。」

 長い沈黙に口を挟んだリンドウの方を向いて、ワカヒコは口に人差し指を当てた。それから、驚いた顔をする。

「おや、リンネ?」

 騎士団で何度か手当てをしたことがある、男装の女の子。手当ての時に性別には気付いていた。特に何も言うことはなかったが。ワカヒコは、リンネの、長い髪を軽く結わえて、騎士服の下の胸も、押さえてはいない様子に首を傾げた。

「あ、ええ。その、本当の名をリンドウと言います。」
「そう。久しぶりだね、リンドウ。ヤクモ殿下は自分で教えてくれるから、少し待ってて。」

 ワカヒコは、何でもないように答えて、またヤクモに向き直った。ね?と笑って見せる。
 リンドウと親しげに話していたことで、ヤクモの警戒心は一気に解けてきていた。

「ぃたいのなぉす、なに?」

 疑問に思ったことを、口にする。痛いのはいつものことだし、治す、が分からない。声を出すと、いつもより喉が痛いな、とは思うが、伝わるのが嬉しいので、それもまたどうでも良かった。

「この手は、痛いところを治すことができる凄い手です。」
 
 喉が、潰されている?
 痛いのは間違いない。
 ワカヒコは、ヤクモの掠れて聞き取りにくい声を聞いて、歪みそうになる表情を必死で取り繕う。笑顔を保って、自分の両手をヤクモに見せた。

「なぉす、なに?」
「痛みを無くしてあげる。」

 痛みが無い、という状態が分からないヤクモは、やはりただ首を傾げたのだった。

 
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