【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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66 ヤクモは訴える

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 声が出た。
 あまり動かしていなかった口元は、思い通りの音を出している訳ではないけれど。
 今、喉が震えて、音を出した。

「あ。あ。」

 嬉しくて、何度も喉を震わせてみる。

「ヤクモ様、おうち?おうち、かえるって言いました?」

 ヒカゲが、にこにこと笑いながらヤクモの顔を覗きこむ。
 通じてる。俺の気持ちが伝わってる。
 ヤクモはうんうんと頷いた。

「ぉえ、も、ゃだかや、かえう。おふよ、はいう。」
 
 一生懸命、口を動かす。かさかさと掠れて途切れるが、音を出している。
 ヌイもトキもミカゲも、ソファの周りに集まって、うんうんと頷きながら聞いてくれている。
 更に言い募ろうとして喉に引っかかり、げほげほと咳が出た。

「大変。お水、お水。」
「蜜があれば。」
「そう。蜜。リンドウ様。蜜はありませんか。喉のお薬なんです。あれがないと、ヤクモ様はのどが痛いんですよ。」
「蜜……ですか?」

 ヌイとトキの言葉にリンドウが首を傾げる。

「ええ。うちでヤクモ様を診てくれた医師がね、これを飲ませたら、喉の痛みが少しはましになるし、声も出せるようになるかもしれない、と渡してくれた蜜があるんです。声が出てるということは効いています。こちらに連れてこられてから飲ませてもらってないから、痛いのかもしれない。」
「医師を呼んでみます。」
「お願いします。」

 ヤクモは咳が少し治まったところで水を飲んで、もう一度言った。

「かぇよ。おぅち、かえよ。」

 床に座り込んでいた宰相が慌てて口を挟む。

「お待ちください。何か不都合があれば、すべて解消されるように努力致します。どうか、どうか今暫く、滞在してお話をお聞かせ願いたい。」
「特に話すこともないけど。」

 イズモが首を傾げた。

「僕は、ヤクモと快適に過ごせたらそれでいいし、帰りたいとヤクモが言うなら帰るだけだ。」
「快適に過ごせるように計らいます。どうか。」
「いや。」

 それは、はっきりとヤクモの口から出た。

「おえのおぅち、ちゃう。いたいの、や。も、や。」 

 ちょうどリンドウが連れてきた宮廷医師は、起きているヤクモを見て驚いた様子を見せた。
 診察しようとするが、ヤクモは嫌がってイズモから離れない。

「診せて頂かないと、どうにもなりませんな。」

 冷たい声音に、ミカゲは警戒を強めた。高熱の時から、さして治療する気も無かったのではないか。
 急いで追いかけてきて、本当に良かった。

「診察は、結構です。喉の傷に効く、お薬にもなる蜜を頂けませんか。」

 ヌイが、怒りを抑えて丁寧に尋ねている。

「蜜、ですか?」
「ええ。それを水に溶かして飲むと、喉の傷に良いそうです。」
「私はそんな治療法を習ったことはありませんな。昔ながらの民間療法ですか。」
「あら、勉強不足ですのね。あなたでは、ヤクモ様の体の、何一つ治せそうにありません。リンドウ様。他にちゃんとした医師の方はいらっしゃいませんか。」
「診察もさせぬ患者を治すことができるものか。馬鹿馬鹿しい。」
 
 吐き捨てる医師を、宰相が慌てて制した。

「他に、城に残っている医師がいるなら全員呼んできてくれ。」

 医師の補助に付いていた若者に頼むと、ぺこりと頭を下げて出ていく。

「私は、医師長ですよ。私に分からぬものが部下に分かるわけ無いでしょう?」
「黙れ。この方に嫌われたら国が滅ぶのだ。快適に過ごして頂けるよう、最大の努力をしなければならぬ。」
「……この、汚ならしい子どもが?」

 思わず、といった風に呟いた言葉が、医師の心情を端的に表していた。
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