【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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53 ここにいたよ

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 ヤクモは、火に焼かれていた。死なない程度にじわじわと、内側から焼かれていく。
 熱い。
 熱い……。
 痛みも苦しみも感じない世界にたどり着くのは、なかなか大変なことらしい、とヤクモは思った。
 また、俺は苦しい現実へと戻ってきたようだ。
 呼吸が苦しく、ひたすらに喉が渇いているのに水をもらえない。ほんの少し前まで当たり前のことだったのに、楽しい夢を見た後のヤクモには辛かった。
 甘い蜜入りの水。
 あれは、なんて美味しかったことだろう。
 喉を潰された後は、何を食べても飲んでも、本当は唾を飲み込んでさえ痛かったのだ。
 他に痛むところが多すぎて、大した痛みで無いからと気付かないふりをしてきたが、ダメージを少しずつ与えるには最適な方法だったのだろう。
 唾なんてしょっちゅう飲み込むのだ。
 滅多にきちんと貰えないとはいえ、食べ物も喉を通って入っていく。
 痛みに躊躇しているうちに食べ物が下げられて食べられず、何度泣いたことか。
 わざと酸味のあるものを渡されていたので、ずっとずっと痛いのだ。
 そのうち、お腹が空きすぎて、血を吐きながらもとにかく食べられるものを飲み込むことに決めた頃に、王妃とメイドはヤクモの喉に興味を失ってくれて、少しはましになった。酸味のあるものを渡すことに飽きてくれた。
 ヤクモはもう一度、蜜入りの水を思う。
 初めて飲んだときは、喉をとろりと流れていくのでほとんど痛くなくて、本当に驚いたものだ。ずっと飲んでいたかった。甘いものを食べた記憶も薄れていて、すごくすごく薄めてあるのに、舌が痺れるほど美味しかった。
 イズモはいつも必ず、食事の前に蜜入りの水を飲ませてくれて、食事を食べてもそんなに痛まなかった。きっと、何か薬の役割があったのだろう。イズモから口移しで飲ませてもらうのが、とても好きだった。
 ああ、熱い。
 喉が渇いた。
 そんなことも感じない暗闇の中で眠ってしまいたいのに、額の辺りが冷やされては、うっすらと覚醒する。
 ずっと、誰かが謝りながら、額を冷やしてくれている。その水を、口に欲しいと言いたいが、声が出るわけもなく、体も動きはしなかった。

「すまない。ハレルヤ。」

 ああ。
 食べ物をくれる人。ハレルヤって何か分からないけど、あなたがそんなに謝ることじゃない。
 ひとつだけお願い、もう冷やさないで。辛いんだ。
 また、暗闇に落ちられる、と思った時に、待ち望んでいたものが与えられた。

「ヤクモ、遅くなってすまない。」

 その言葉と共に喉を通る水は蜜入りでは無かったけれど、そんなに痛みは感じなかった。もう、とにかく生き返る心地で飲んだ。美味しい。もっと。もっと。
 ヤクモ、と呼ばれた。ヤクモは消えそうになっていた自分が、また像を結ぶのを感じた。イズモに抱かれている。触れた箇所がひんやりとして気持ちいい。
 口に触れる唇が、気持ちいい。
 イズモ。
 イズモ。
 俺はまだ、ここにいたよ。
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