【完結】塔の悪魔の花嫁

50 私は、間違えた

　ノバラが堂々と客間を出たあと、ベッドのすぐ横で座り込んでいたシラギクが立ち上がった。
　一度、発熱で苦しむハレルヤを見る。ふる、と頭を横に振って、ふらふらと客間を出ていった。
　
「え……？」

　あんなに慌ててやって来たのだ。てっきり、看病するものと思っていたリンドウは、驚いてそちらを見る。が、もう二度とシラギクが振り返ることは無かった。侍女や侍従も、護衛も、ノバラやシラギクと共に立ち去って行く。
　医者は、

「体が冷えたことによる発熱です。水分を取らせて、頭が熱くなりすぎないように冷やしてください。薬を置いておきます。失礼致します。」

　と早口でまくし立てて、最低限の礼を取ると、こちらも大慌てで出ていった。
　まだ医者は、診察をしただけである。治療はしていない。額に冷えたタオルを乗せることも、水分を取らせることも、薬を飲ませることもせずに退出したのだ。
　そこにいた使用人の誰も、飲み水や額を冷やすタオル、冷えた水を用意することはなかった。
　国王ハバキは、それらをただ見ていた。呆然と見ていた。

「国王陛下。ハレルヤに危害を加えない侍女か侍従を手配して頂きたいのだが。」
「危害を加えない……？」
「ええ。この発熱は、冷たい川の水を、なんの配慮もなくかけられたことが原因です。私がこのままハレルヤを看病していては、いつまでも塔へと戻れません。けれど、その辺の使用人に預けたら、すぐにでも呼吸が止まる恐れがあります。」
「川の水を……。」
「馬車に酔ったハレルヤが吐き戻したのが汚いと言って、私の制止も聞かずに。」

　国王は、少しだけベッドへと近寄り、そして目をそらした。
　国王ハバキも、そのまま黙って部屋を出た。侍従も、護衛も共に。

「は、ははは。」

　リンドウは、乾いた笑い声をあげながら、静かに涙をこぼした。

「誰もハレルヤを知らない。母親であるシラギク様さえ。父親である国王陛下さえ。」
　
　泣きながら、客間の洗面所へ行き、桶に水を汲み、タオルを持ち出す。たったこれだけの距離を、あんなにたくさんいた使用人たちは行ってくれなかった。
　塔でのハレルヤを思い出す。
　女の人と共に、食事の準備をしていた。
　イズモ様と抱き合って口づけを交わし、うっとりと気持ちの良い神力を練っていた。
　夜には、イズモ様と抱き合って、ぐっすりと眠っていた。
　大切に、温かく、彼を見つめる幾つもの眼差しがあった。
　すまない。
　すまない、ハレルヤ。

「私は、間違えた……。」