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49 その命は一国より重い
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イズモには、何が起こったのかしばらく理解できなかった。
いつものように、ヤクモをすっぽりと抱きしめて眠っていた。暖かくて幸せだった。二人で寝るようになってから、いつもぐっすりとよく眠れて、とても調子が良い。こんな日々が、これからずっと続くのだと思うと、それもまた幸せだった。
いつかヤクモの喉が治り、声を聞くこともできるだろうか。すでに声が届いていることを、いつ伝えようか。これは、伝えない方が、頑張って話してくれるのかな、などとつらつら考えていた。
昨日の来客には驚いたが、すでに伴侶がいることは伝えたし、帰ったということは分かってくれたのだろう、と思っていた。
イズモは、四百年、この塔の中から出ることができず、その時々の封印のためのパートナーと過ごしてきたのみで、人との触れ合いに慣れていなかった。カナメヅカの家の者とその子どもたち、品物を届けてくれる店屋の店員。姫に付き添ってきた侍女や侍従、護衛たち。それが、イズモの人間関係の全てだ。
皆、イズモのことを敬い、礼を持って接していた。
塔の入り口にも、各部屋にも鍵などは付いていないが、それが問題になるようなことは一度も無かったのだ。
無闇に塔へ入れば寿命が削られることは、町の者なら皆知っている。昔は、国中の者が知っていた。だからこそ、ムラクモの血筋の者しかイズモの協力者たり得なかった。カナメヅカの祖も、元はと言えば血筋の者であった。すっかり血は薄まり、世話役に短命の者が増えて、慌てて加護の神力を編み出した。加護があれば、寿命を削られる速度が極端に遅くなる。カナメヅカにかける加護は、イズモからの信頼の証。カナメヅカの忠誠はますます深まり、塔への賊の侵入など許すはずもなかったのだ。
長い時間が、人々の記憶から様々なことを忘れさせていった。特に、長きパートナーの不在は、イズモを疲弊させ、カナメヅカを疲弊させ、王家を増長させたのかもしれない。
早朝に、神域であるイズモと伴侶の寝室へ五人もの人間が忍び込み、伴侶を連れ去るなどという暴挙に出たのだから。
イズモには、どうすれば良いのか分からなかった。
四百年の間に、冒険者として鍛え上げていた体は衰え、もともとの穏やかな性格は、ますますのんびりと穏やかさを増していた。ヤクモがあっという間に引き離され、連れ去られるのを呆然と見るしかなかったのだ。
まだ、日も昇っていない早朝。すっかり人数の少なくなったカナメヅカは、夜回りの人間がおらず、連絡もつかない。
自分は追いかけることができない。
ヤクモ。
焦燥のうちに強く想っていると、その声が一際強く頭のなかに響いた。
さよなら。
ヤクモの、音なき声。
揺れていた感情が、一つにまとまっていく。
駄目だ。駄目だ、ヤクモ。
ヤクモを失うなんて考えられなかった。
自分こそが伴侶だと言ってヤクモを連れ去った少女のことが、ひどく不快に思えた。
ヤクモを失うくらいなら、こんな国、どうでもいい。
イズモは、薄暗い塔の外へと一歩を踏み出した。大雨が降り始める中を、走り出す。
封印に使っていた神力を全てその身に引き上げて。
塔は、根元からほろほろと崩れ始めた。
いつものように、ヤクモをすっぽりと抱きしめて眠っていた。暖かくて幸せだった。二人で寝るようになってから、いつもぐっすりとよく眠れて、とても調子が良い。こんな日々が、これからずっと続くのだと思うと、それもまた幸せだった。
いつかヤクモの喉が治り、声を聞くこともできるだろうか。すでに声が届いていることを、いつ伝えようか。これは、伝えない方が、頑張って話してくれるのかな、などとつらつら考えていた。
昨日の来客には驚いたが、すでに伴侶がいることは伝えたし、帰ったということは分かってくれたのだろう、と思っていた。
イズモは、四百年、この塔の中から出ることができず、その時々の封印のためのパートナーと過ごしてきたのみで、人との触れ合いに慣れていなかった。カナメヅカの家の者とその子どもたち、品物を届けてくれる店屋の店員。姫に付き添ってきた侍女や侍従、護衛たち。それが、イズモの人間関係の全てだ。
皆、イズモのことを敬い、礼を持って接していた。
塔の入り口にも、各部屋にも鍵などは付いていないが、それが問題になるようなことは一度も無かったのだ。
無闇に塔へ入れば寿命が削られることは、町の者なら皆知っている。昔は、国中の者が知っていた。だからこそ、ムラクモの血筋の者しかイズモの協力者たり得なかった。カナメヅカの祖も、元はと言えば血筋の者であった。すっかり血は薄まり、世話役に短命の者が増えて、慌てて加護の神力を編み出した。加護があれば、寿命を削られる速度が極端に遅くなる。カナメヅカにかける加護は、イズモからの信頼の証。カナメヅカの忠誠はますます深まり、塔への賊の侵入など許すはずもなかったのだ。
長い時間が、人々の記憶から様々なことを忘れさせていった。特に、長きパートナーの不在は、イズモを疲弊させ、カナメヅカを疲弊させ、王家を増長させたのかもしれない。
早朝に、神域であるイズモと伴侶の寝室へ五人もの人間が忍び込み、伴侶を連れ去るなどという暴挙に出たのだから。
イズモには、どうすれば良いのか分からなかった。
四百年の間に、冒険者として鍛え上げていた体は衰え、もともとの穏やかな性格は、ますますのんびりと穏やかさを増していた。ヤクモがあっという間に引き離され、連れ去られるのを呆然と見るしかなかったのだ。
まだ、日も昇っていない早朝。すっかり人数の少なくなったカナメヅカは、夜回りの人間がおらず、連絡もつかない。
自分は追いかけることができない。
ヤクモ。
焦燥のうちに強く想っていると、その声が一際強く頭のなかに響いた。
さよなら。
ヤクモの、音なき声。
揺れていた感情が、一つにまとまっていく。
駄目だ。駄目だ、ヤクモ。
ヤクモを失うなんて考えられなかった。
自分こそが伴侶だと言ってヤクモを連れ去った少女のことが、ひどく不快に思えた。
ヤクモを失うくらいなら、こんな国、どうでもいい。
イズモは、薄暗い塔の外へと一歩を踏み出した。大雨が降り始める中を、走り出す。
封印に使っていた神力を全てその身に引き上げて。
塔は、根元からほろほろと崩れ始めた。
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