【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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44 スラムの子どもよりみすぼらしい

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 ハレルヤ(仮)が目を覚ました、と思ったら、がばりと起き上がって暴れだした。だが、そのか細い腕は、ソハヤにあっさりと押さえられる。そのまま体を抱き込めば、ひくっと喉を鳴らした後で、馬車の床に吐いた。

「うわっ。」

 と、ハレルヤ(仮)の体を押さえるように抱いていたソハヤの腕の力が弛み、ハレルヤ(仮)は自分の吐瀉物の上に落ちた。
 そのひどい臭いにますますえずき、うえっ、うえっ、と涙を流しながら、胃の中のものを全部出すように、吐き続けている。

「止まれ。止めてくれ。」

 向かい側の席に座っていたリンドウは、慌てて声を上げた。

「リンドウ、汚れていないか?」

 足が汚れたソハヤが、うへっと言う顔をしながら、リンドウへ声をかける。
 
「馬鹿。私のことよりハレルヤだ。ハレルヤ、馬車に酔ったか?すまない、少々急ぎすぎた。」

 馬車が止まり、扉を開けて外へと降りる。酷い臭いに、駆けつけてきた従者が皆、顔をしかめて後退った。ソハヤが、しぶしぶ汚れたハレルヤ(仮)を持ち上げる。なるべく触れなくてすむように、脇の下に手を入れてぶら下げた。ハレルヤ(仮)は、ぐったりとしているが、嫌だと言うように首を横に振った。
 とりあえずハレルヤ(仮)を洗わないと、移動が再開できない、と川へ連れていく。
 急いで町を出て駆けてきたとはいえ、都まではまだ時間がかかる。止まったのは、町と町の間の街道で、何も無い場所だった。
 ソハヤがぶら下げたまま移動すると、ハレルヤ(仮)は恐怖にひきつった顔でえずきながら涙を流している。もう出せるものは無いらしく、うっ、うっと声もなく苦しんでいた。
 川縁かわべりで下ろしても立ち上がる力も無く、ぺたんと座り込んでいる。
 バケツに水を汲んだ従者が、遠慮無くハレルヤ(仮)にかけた。

「冷たくないのか?」

 まだ、肌寒い季節である。何の遠慮もない従者に、リンドウは思わず声をかけた。
 がたがたと盛大に震え出したハレルヤ(仮)に駆け寄ると、

「姫様、離れていてください。汚れます。」
 
 と他の従者に離される。汚れたズボンを脱いだソハヤが、冷たい、と言いながら足をタオルで拭いていた。

「小さな子どもに無体を働くな。世継ぎの王子なのだぞ。丁重に扱え。風邪を引いたらどうする。」
「はい。申し訳ありません。」

 そう言いながら、ちっとも丁寧ではない手つきでハレルヤ(仮)の服を鋏で切って脱がせる。震えて、動くこともできないハレルヤ(仮)の肌が露になった。
 身体中に広がる、折檻の痕。鞭の痕。ひきつれ、えぐれ、不自然に盛り上がる皮膚。肋の浮いた折れそうに細い体。

「ひえっ。」

 そこにいた者が皆、息を呑んだ。ハレルヤ(仮)は、自分の身を抱え込んで小さくなって震えている。

「早く洗って拭いてやれ。替えの服を持ってこい。」

 リンドウの声に、ようやくわたわたと動き出したが、ますます嫌そうに乱雑に世話をする。

「リンドウ様。あり得ません。これが、世継ぎの王子だなんて。スラムの者でも、もう少しましな風体をしています。」
「だが、塔の中でイズモ様と共に神力を練っていた。あれは、ムラクモ様の血筋の者にしかできないのだ。」
「しかし、ハレルヤ様は十四歳でございましょう?とても、その年齢には見えません。」

 これは、ハレルヤではないのか。では、これは誰だ?この傷だらけの子どもは、何だ?
 イズモ様が伴侶と呼んでいたみすぼらしい子どもは……。
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