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38 い、く
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肉団子の入ったスープを、一生懸命スプーンで食べているヤクモを、にこにことイズモは見つめた。
随分とゆっくり食べられるようになったものである。少しずつスープの中の具が大きくなって、器をあおるだけでは食べられなくなったのも良かった。パンも、一つ丸ごと渡しても、ちゃんと小さくちぎって口に入れている。
ふとヤクモが顔を上げてイズモを見る。ん?と首が傾いて、イズモ様、食べないの?と聞こえてきた。
「ああ。うん。食べるよ。美味しいね、ヤクモ。」
嬉しそうにヤクモが頷く。
塔は平和で、二人はご機嫌だった。
トキが塔を訪ねてくる。ヤクモが嬉しそうに駆け寄った。
「イズモ様、ヤクモ様、こんにちは。」
ヤクモは、ぺこりと頭を下げて、挨拶までする。
「今日のおやつは、プリンですよー。」
トキが持ってきた袋を覗いて、ヤクモが満面の笑みを見せた。
口が開いたり閉じたりするのは、何かを伝えようとしているのだろう。
「もう食べちゃいますか。」
とのトキの言葉に、うんうんと頷いている。トキは、一応伺うようにイズモの方へ視線を送った。イズモは、柔らかく微笑んで頷く。
トキは、しっかりと自分の分も持ってきていたので、三人で食卓を囲んだ。一緒に食卓を囲む練習にもなるし、トキの分が無いと、ヤクモが気にして食べないのである。
初めて会った日に、目も合わせずに逃げ出したのが嘘のようだ、とイズモは可笑しくなる。
トキは、町のカフェで働いていたが、その仕事を辞めて、カナメヅカの本来の仕事を学び始めた。イズモに貰ったお金で、食べていけるようになったからである。教書である過去のカナメヅカの記録を読みながら、何とかヤクモと仲良くなる方法を探った。自分の特技を生かした結果、それは、あっという間だったのである。トキは、カフェで覚えたお菓子作りの腕を生かして、お菓子を作って塔へ持ってきたのだ。ヤクモは、甘いお菓子にあっさり落ちた。
すっかり餌付けされて、トキが来るのを心待ちにするようになった。
俺も、作ってみたい!
トキには伝わらないが、イズモには、ヤクモのそんな心の声が届いている。
お菓子作りには、特別な道具がいるようで、トキはいつも作ってから持ってくるのが、ヤクモには残念なようだった。
最近のヌイは、当たり前のように夕食を塔の台所で作ってくれるので、それを手伝うのもヤクモの楽しい日課である。
「ヤクモ様。お菓子を一緒に作ってみませんか?」
トキのその申し出は、ヤクモには願ってもないことだった。嬉しくて、ぶんぶんと首を縦に振る。
「私のおうちの台所でないと作れないので、来て頂けますか?」
トキが、にこやかな笑顔のまま告げると、ヤクモは、うっと考え込んだ。
イズモは、上手だなーと見守っている。
ヤクモを医者に診せたい、とミカゲとヌイが考えていて、それには塔から出なければ行けないので、本人の意思で自由に出入りできるようになれないものかと策を練っているのは聞いていたのだ。
イズモも、ヤクモを医者に診せるのは賛成である。そのうちに、町に買い物に行けたりすれば、ヤクモも楽しいことだろう。出かけた後の土産話が楽しみだ。
プリンをゆっくりと味わったヤクモは、お菓子の誘惑に負けたらしい。文字表を持ってきて、い、く、と指差した。かなりの決心なのだろう。指先が震えている。
誘っておきながら、トキが驚いていた。
「……そう。そうですか。はい、はい。一緒に作りましょうね。ね。何を作りましょうか。」
ぷ、り、ん、と指が動く。
「まあ。今、食べたのに。」
お、い、し、い。
「そうですね。私も、プリンは大好きです。」
トキと会話まで成り立っている。
プリンを初めて食べた時は、飲み物か?という勢いで喉に流し込んでいた。無くなってから、呆然と空の器を眺めていたな、と思い出して、イズモはますます優しい笑顔でヤクモを見つめた。
そうか、ヤクモは塔から出かけるのか。
ひとりで。
イズモは、嬉しいような、少しだけ寂しいような不思議な心地だった。
随分とゆっくり食べられるようになったものである。少しずつスープの中の具が大きくなって、器をあおるだけでは食べられなくなったのも良かった。パンも、一つ丸ごと渡しても、ちゃんと小さくちぎって口に入れている。
ふとヤクモが顔を上げてイズモを見る。ん?と首が傾いて、イズモ様、食べないの?と聞こえてきた。
「ああ。うん。食べるよ。美味しいね、ヤクモ。」
嬉しそうにヤクモが頷く。
塔は平和で、二人はご機嫌だった。
トキが塔を訪ねてくる。ヤクモが嬉しそうに駆け寄った。
「イズモ様、ヤクモ様、こんにちは。」
ヤクモは、ぺこりと頭を下げて、挨拶までする。
「今日のおやつは、プリンですよー。」
トキが持ってきた袋を覗いて、ヤクモが満面の笑みを見せた。
口が開いたり閉じたりするのは、何かを伝えようとしているのだろう。
「もう食べちゃいますか。」
とのトキの言葉に、うんうんと頷いている。トキは、一応伺うようにイズモの方へ視線を送った。イズモは、柔らかく微笑んで頷く。
トキは、しっかりと自分の分も持ってきていたので、三人で食卓を囲んだ。一緒に食卓を囲む練習にもなるし、トキの分が無いと、ヤクモが気にして食べないのである。
初めて会った日に、目も合わせずに逃げ出したのが嘘のようだ、とイズモは可笑しくなる。
トキは、町のカフェで働いていたが、その仕事を辞めて、カナメヅカの本来の仕事を学び始めた。イズモに貰ったお金で、食べていけるようになったからである。教書である過去のカナメヅカの記録を読みながら、何とかヤクモと仲良くなる方法を探った。自分の特技を生かした結果、それは、あっという間だったのである。トキは、カフェで覚えたお菓子作りの腕を生かして、お菓子を作って塔へ持ってきたのだ。ヤクモは、甘いお菓子にあっさり落ちた。
すっかり餌付けされて、トキが来るのを心待ちにするようになった。
俺も、作ってみたい!
トキには伝わらないが、イズモには、ヤクモのそんな心の声が届いている。
お菓子作りには、特別な道具がいるようで、トキはいつも作ってから持ってくるのが、ヤクモには残念なようだった。
最近のヌイは、当たり前のように夕食を塔の台所で作ってくれるので、それを手伝うのもヤクモの楽しい日課である。
「ヤクモ様。お菓子を一緒に作ってみませんか?」
トキのその申し出は、ヤクモには願ってもないことだった。嬉しくて、ぶんぶんと首を縦に振る。
「私のおうちの台所でないと作れないので、来て頂けますか?」
トキが、にこやかな笑顔のまま告げると、ヤクモは、うっと考え込んだ。
イズモは、上手だなーと見守っている。
ヤクモを医者に診せたい、とミカゲとヌイが考えていて、それには塔から出なければ行けないので、本人の意思で自由に出入りできるようになれないものかと策を練っているのは聞いていたのだ。
イズモも、ヤクモを医者に診せるのは賛成である。そのうちに、町に買い物に行けたりすれば、ヤクモも楽しいことだろう。出かけた後の土産話が楽しみだ。
プリンをゆっくりと味わったヤクモは、お菓子の誘惑に負けたらしい。文字表を持ってきて、い、く、と指差した。かなりの決心なのだろう。指先が震えている。
誘っておきながら、トキが驚いていた。
「……そう。そうですか。はい、はい。一緒に作りましょうね。ね。何を作りましょうか。」
ぷ、り、ん、と指が動く。
「まあ。今、食べたのに。」
お、い、し、い。
「そうですね。私も、プリンは大好きです。」
トキと会話まで成り立っている。
プリンを初めて食べた時は、飲み物か?という勢いで喉に流し込んでいた。無くなってから、呆然と空の器を眺めていたな、と思い出して、イズモはますます優しい笑顔でヤクモを見つめた。
そうか、ヤクモは塔から出かけるのか。
ひとりで。
イズモは、嬉しいような、少しだけ寂しいような不思議な心地だった。
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