【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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35 カナメヅカの報告書

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 リンドウが読んだことのある建国記には、イズモなどという人物は出てこなかった。始祖王ムラクモが悪魔を倒して塔に封印し、国を建てた。封印の力が弱まるたびに災いが起きるから、塔の悪魔へムラクモの血筋の姫を捧げてそれを鎮める、という話だった。
 だがこれだと……。
 塔の花嫁とは、悪魔の花嫁ではなく、イズモ様の花嫁……?生贄などではなく、神力で建国の主イズモ様が施してくれている封印のお手伝いをする者のこと……。
 ぐるぐると考えが巡る。
 子ども向けの絵本。薄っぺらいこの本が真実なら。
 リンドウは考える。
 私は、一分一秒でも早くイズモ様のお手伝いに行かなくてはならない。御一人で、国を荒らす魔の者と戦っておられるのだ。お疲れになると、天が荒れるのだろう。ムラクモ様の血筋の者には、その戦いを手伝える力があって、塔へ入るというのは、そのお手伝いをすることに他ならない。私にその力があるというのなら、喜んで手伝おう。
 リンドウは歯噛みする。
 ああ、何故母上は、私にしっかりと神力の使い方を教えてくれなかったのか。無意識に発動した神力で倒れてしまうようではお役に立てない。すぐにでも行きたいが、神力の使い方をまずは習わなくては。
 教書を読んでいる暇がもったいない、と思ったが、三日も寝込んでいた体が早急に動くわけもなかった。
 色々と考えすぎて、また頭が疲れてきたように感じる。しかし、寝ている訳にはいかなかった。カナメヅカの報告書、と書かれた教書も手に取ってみる。
 とても古いものから、山のようにあるらしかった。あまりに古いものは紙が劣化しているので、書庫で手袋をはめて見なくてはいけないから、と比較的最近のものが渡されたが、それでも百年以上前のものだった。
 イズモ様と姫君の様子が書かれている。
 姫君の名前は、ヒルガオ様と言うらしい。裁縫が好きで、町で布や糸や綿を買ってきては、塔の中で使用する様々なものを作っていたらしい。
 リンドウは、塔の中へ閉じ込められるわけでは無いのか、と少し驚いた。
 カナメヅカの報告書を読む限り、ヒルガオ姫は自由に町に出掛けて、自分で裁縫の道具を調達している。町へ出掛けては人々の服装を研究して、流行りの服を作り上げたりもしていたようだ。
 ヒルガオ姫は料理は苦手なので、カナメヅカの家のものが作っていたらしい。掃除はイズモ様の担当。
 少し裕福な家の、使用人が書いた日記のようなものである。
 何も、特別なことはなかった。
 ヒルガオは、ただそこでイズモとカナメヅカの者と暮らしていた。普通に暮らして、寿命で死んだ。
 姫としての華やかな暮らしは無い。けれど、淡々と書かれた報告書を読む限り、ヒルガオが、塔に閉じ込められる犠牲を強いられた不幸な姫君だったとは思えなかった。
 むしろ、好きなことをして、穏やかに人生を全うした姫君の姿が浮かんでくるばかりだ。
 母は、リンドウに言った。
 私もあなたも、塔の生贄になどなるために生まれてきたのではない。絶対に救ってあげる、と。
 けれど、この教書を読んでいたら、何故そのように思ったのかが分からない。
 家族と離れるのが寂しい?
 だが、いずれ結婚すれば家を出るのは誰もが同じことだ。
 姫としての生活ができなくなるのが嫌?
 少なくともリンドウは、全くそのようなものに未練は無かった。むしろ、先日の誕生日パーティーの時に、二度とコルセットやドレスは着たくないな、と思ったものだ。お茶会も退屈で、それなら剣を振っていたい。
 人としてのことわりを外れたイズモ様が恐ろしい?
 いや。四百年もの間、国を守ってくださっていることに尊敬の念を抱く。例えどのような老人だったとしても、喜んで協力しよう。花嫁としての役割りを望まれるなら、それでも構わない。イズモ様が触れあえるのは、花嫁だけなのだから。
 リンドウは、ベッドの上で夢中で教書を読んだ。
 ノバラの十六年かけた呪縛は、たった一日で、リンドウから綺麗に消え去った。
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