【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

文字の大きさ
上 下
34 / 83

34 塔の花嫁の資格

しおりを挟む
 建国の記を読んだリンドウは、愕然としていた。

「これは、一体……。」

 城の客間のベッドの上である。
 離宮を飛び出し、兄の執務室へ助けを求めに行った日に、偶然父が起きてきた。父は、すぐにでもリンドウを塔へ送れと言い、兄を城から追い出して、また倒れてしまった。
 リンドウは、父が兄へ告げていた言葉がよく理解できず、考えたいことは沢山あったが、塔へ行けと言われるなら行こう、と思った。とりあえず汗と土で汚れていたので、流石にそのままというのはないだろう、と風呂に入りたい、と言ってみた。
 リンドウの姿を見た城の使用人たちは、確かに、と納得し、客間を準備してくれたのである。

「申し訳ないが、着替えも貸してほしい。見習い用の騎士服がよい。下着は、できれば女性用が助かる。」

 リンドウのその言葉を聞いたのは、城の侍女頭であった。彼女は、丁寧に頭を下げた後で、不意に気付く。
 何故、この国の姫君であられるリンドウ様の部屋も着替えも、お付きの侍女も、この城には存在しないのか……。
 慌てて様々な手配をしながら、とりあえずすぐに使用できる客間に案内したが、いくら普段は離宮に暮らしているとはいえ、本当に、リンドウの部屋、というものが存在しないことに呆然とした。
 騎士服、と言われたが、そんなわけにはいかない、と貴族子女の部屋着ドレスを見繕って持っていく。
 案内した部屋にドレスを持って、侍女頭自ら足を運んだ時には、リンドウは一人で風呂に入り、手配した侍女は部屋で手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。

「何をしている?」

 侍女頭の厳しい声に身をすくめた侍女は、

「リンドウ様に、手伝いは不要と言われまして。」

 と小さな声で言った。

「そうですか。」

 厳しい顔のまま答えた侍女頭は、まったく姫君らしくない様子のリンドウを思い浮かべて、首を傾げた。離宮ではどのようにお暮らしだったのだろうか。ほんの一時いっときお預かりする間のことかもしれないが、離宮の侍女に尋ねてみなくては。
 ドレスを持って、風呂場に向かう。渡すつもりは無かったが、自分がやりますと一言も言わない侍女に、なんと気が利かないのだろうと密かに腹を立てた。

「リンドウ様。ドレスをお持ちしました。」

 風呂場へ扉越しに声をかけるが、返事は無い。洗っているらしい物音も聞こえない。
 侍女頭は青くなってドレスを置くと、それでもなお、失礼致します、と言ってから扉を開けた。
 果たしてリンドウは、湯船に浸かったまま、気を失っていた。湯船のへりに頭をもたせかけていたので事なきを得たが、このまましばらく気がつかなければ、何があったか分からない。
 髪についていた土や泥は落ちているようなので、洗ってから湯船に浸かったようだと素早く観察して、侍女頭はまだ部屋に立っているだけの侍女を呼んだ。力のあるベテランの侍女を急いで数人呼ぶように申し付けて、濡れるのも構わずに頭が沈まないよう支える。触れると、リンドウの頭は異常に熱かった。
 侍女頭が役立たずと認定した侍女が、数人の侍女を伴って帰ってくると、ようやくリンドウを湯船から引き上げて体を拭くことができる。
 そこからは侍女たちの本領発揮で、手早くリンドウのよく鍛えられた体を拭いて寝間着を着せた。その間も、リンドウが目を覚ますことはなく、ベッドへと寝かせる。
 呼んだ医者に診てもらう頃には、リンドウは真っ赤になっていて、明らかに発熱していた。
 医者の診断は、神力を使いすぎたのだろう、ということだった。それと、だいぶお疲れのようだ、とも。
 そのままリンドウは、三日ほどうつらうつらとベッドで過ごした。
 ようやく熱が下がって起き上がれるようになり、神力を使いすぎたことに心当たりはありますか、と医者に聞かれたが、リンドウには何のことか分からなかった。
 リンドウは、神力の使い方を習ったことが無かったのだ。
 それでは、そもそも塔の花嫁になどなれないではないか、と真っ青になった侍女頭と宰相によって、神力の使い方を教える教師が呼ばれ、体調が万全になるまでは教書をお読みくださいと渡された最も簡単な一冊が、建国の記であった。
 それは、リンドウの読んだことがある建国記とは違っていた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

処理中です...