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34 塔の花嫁の資格
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建国の記を読んだリンドウは、愕然としていた。
「これは、一体……。」
城の客間のベッドの上である。
離宮を飛び出し、兄の執務室へ助けを求めに行った日に、偶然父が起きてきた。父は、すぐにでもリンドウを塔へ送れと言い、兄を城から追い出して、また倒れてしまった。
リンドウは、父が兄へ告げていた言葉がよく理解できず、考えたいことは沢山あったが、塔へ行けと言われるなら行こう、と思った。とりあえず汗と土で汚れていたので、流石にそのままというのはないだろう、と風呂に入りたい、と言ってみた。
リンドウの姿を見た城の使用人たちは、確かに、と納得し、客間を準備してくれたのである。
「申し訳ないが、着替えも貸してほしい。見習い用の騎士服がよい。下着は、できれば女性用が助かる。」
リンドウのその言葉を聞いたのは、城の侍女頭であった。彼女は、丁寧に頭を下げた後で、不意に気付く。
何故、この国の姫君であられるリンドウ様の部屋も着替えも、お付きの侍女も、この城には存在しないのか……。
慌てて様々な手配をしながら、とりあえずすぐに使用できる客間に案内したが、いくら普段は離宮に暮らしているとはいえ、本当に、リンドウの部屋、というものが存在しないことに呆然とした。
騎士服、と言われたが、そんなわけにはいかない、と貴族子女の部屋着ドレスを見繕って持っていく。
案内した部屋にドレスを持って、侍女頭自ら足を運んだ時には、リンドウは一人で風呂に入り、手配した侍女は部屋で手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。
「何をしている?」
侍女頭の厳しい声に身をすくめた侍女は、
「リンドウ様に、手伝いは不要と言われまして。」
と小さな声で言った。
「そうですか。」
厳しい顔のまま答えた侍女頭は、まったく姫君らしくない様子のリンドウを思い浮かべて、首を傾げた。離宮ではどのようにお暮らしだったのだろうか。ほんの一時お預かりする間のことかもしれないが、離宮の侍女に尋ねてみなくては。
ドレスを持って、風呂場に向かう。渡すつもりは無かったが、自分がやりますと一言も言わない侍女に、なんと気が利かないのだろうと密かに腹を立てた。
「リンドウ様。ドレスをお持ちしました。」
風呂場へ扉越しに声をかけるが、返事は無い。洗っているらしい物音も聞こえない。
侍女頭は青くなってドレスを置くと、それでもなお、失礼致します、と言ってから扉を開けた。
果たしてリンドウは、湯船に浸かったまま、気を失っていた。湯船のへりに頭をもたせかけていたので事なきを得たが、このまましばらく気がつかなければ、何があったか分からない。
髪についていた土や泥は落ちているようなので、洗ってから湯船に浸かったようだと素早く観察して、侍女頭はまだ部屋に立っているだけの侍女を呼んだ。力のあるベテランの侍女を急いで数人呼ぶように申し付けて、濡れるのも構わずに頭が沈まないよう支える。触れると、リンドウの頭は異常に熱かった。
侍女頭が役立たずと認定した侍女が、数人の侍女を伴って帰ってくると、ようやくリンドウを湯船から引き上げて体を拭くことができる。
そこからは侍女たちの本領発揮で、手早くリンドウのよく鍛えられた体を拭いて寝間着を着せた。その間も、リンドウが目を覚ますことはなく、ベッドへと寝かせる。
呼んだ医者に診てもらう頃には、リンドウは真っ赤になっていて、明らかに発熱していた。
医者の診断は、神力を使いすぎたのだろう、ということだった。それと、だいぶお疲れのようだ、とも。
そのままリンドウは、三日ほどうつらうつらとベッドで過ごした。
ようやく熱が下がって起き上がれるようになり、神力を使いすぎたことに心当たりはありますか、と医者に聞かれたが、リンドウには何のことか分からなかった。
リンドウは、神力の使い方を習ったことが無かったのだ。
それでは、そもそも塔の花嫁になどなれないではないか、と真っ青になった侍女頭と宰相によって、神力の使い方を教える教師が呼ばれ、体調が万全になるまでは教書をお読みくださいと渡された最も簡単な一冊が、建国の記であった。
それは、リンドウの読んだことがある建国記とは違っていた。
「これは、一体……。」
城の客間のベッドの上である。
離宮を飛び出し、兄の執務室へ助けを求めに行った日に、偶然父が起きてきた。父は、すぐにでもリンドウを塔へ送れと言い、兄を城から追い出して、また倒れてしまった。
リンドウは、父が兄へ告げていた言葉がよく理解できず、考えたいことは沢山あったが、塔へ行けと言われるなら行こう、と思った。とりあえず汗と土で汚れていたので、流石にそのままというのはないだろう、と風呂に入りたい、と言ってみた。
リンドウの姿を見た城の使用人たちは、確かに、と納得し、客間を準備してくれたのである。
「申し訳ないが、着替えも貸してほしい。見習い用の騎士服がよい。下着は、できれば女性用が助かる。」
リンドウのその言葉を聞いたのは、城の侍女頭であった。彼女は、丁寧に頭を下げた後で、不意に気付く。
何故、この国の姫君であられるリンドウ様の部屋も着替えも、お付きの侍女も、この城には存在しないのか……。
慌てて様々な手配をしながら、とりあえずすぐに使用できる客間に案内したが、いくら普段は離宮に暮らしているとはいえ、本当に、リンドウの部屋、というものが存在しないことに呆然とした。
騎士服、と言われたが、そんなわけにはいかない、と貴族子女の部屋着ドレスを見繕って持っていく。
案内した部屋にドレスを持って、侍女頭自ら足を運んだ時には、リンドウは一人で風呂に入り、手配した侍女は部屋で手持ち無沙汰に立ち尽くしていた。
「何をしている?」
侍女頭の厳しい声に身をすくめた侍女は、
「リンドウ様に、手伝いは不要と言われまして。」
と小さな声で言った。
「そうですか。」
厳しい顔のまま答えた侍女頭は、まったく姫君らしくない様子のリンドウを思い浮かべて、首を傾げた。離宮ではどのようにお暮らしだったのだろうか。ほんの一時お預かりする間のことかもしれないが、離宮の侍女に尋ねてみなくては。
ドレスを持って、風呂場に向かう。渡すつもりは無かったが、自分がやりますと一言も言わない侍女に、なんと気が利かないのだろうと密かに腹を立てた。
「リンドウ様。ドレスをお持ちしました。」
風呂場へ扉越しに声をかけるが、返事は無い。洗っているらしい物音も聞こえない。
侍女頭は青くなってドレスを置くと、それでもなお、失礼致します、と言ってから扉を開けた。
果たしてリンドウは、湯船に浸かったまま、気を失っていた。湯船のへりに頭をもたせかけていたので事なきを得たが、このまましばらく気がつかなければ、何があったか分からない。
髪についていた土や泥は落ちているようなので、洗ってから湯船に浸かったようだと素早く観察して、侍女頭はまだ部屋に立っているだけの侍女を呼んだ。力のあるベテランの侍女を急いで数人呼ぶように申し付けて、濡れるのも構わずに頭が沈まないよう支える。触れると、リンドウの頭は異常に熱かった。
侍女頭が役立たずと認定した侍女が、数人の侍女を伴って帰ってくると、ようやくリンドウを湯船から引き上げて体を拭くことができる。
そこからは侍女たちの本領発揮で、手早くリンドウのよく鍛えられた体を拭いて寝間着を着せた。その間も、リンドウが目を覚ますことはなく、ベッドへと寝かせる。
呼んだ医者に診てもらう頃には、リンドウは真っ赤になっていて、明らかに発熱していた。
医者の診断は、神力を使いすぎたのだろう、ということだった。それと、だいぶお疲れのようだ、とも。
そのままリンドウは、三日ほどうつらうつらとベッドで過ごした。
ようやく熱が下がって起き上がれるようになり、神力を使いすぎたことに心当たりはありますか、と医者に聞かれたが、リンドウには何のことか分からなかった。
リンドウは、神力の使い方を習ったことが無かったのだ。
それでは、そもそも塔の花嫁になどなれないではないか、と真っ青になった侍女頭と宰相によって、神力の使い方を教える教師が呼ばれ、体調が万全になるまでは教書をお読みくださいと渡された最も簡単な一冊が、建国の記であった。
それは、リンドウの読んだことがある建国記とは違っていた。
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