【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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27 ヤクモの鼻歌

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 皿洗いをしていたイズモは、何となく、鼻歌のようなものが聞こえた気がして振り返った。振り返ってから、そんなわけないか、と首を振る。二人暮らしの相棒の声は、蜜入りの水を飲んでいてもまだ、戻っていなかった。蜜の効果で、食べ物が喉を通るときに痛まなくなったようなので、それは良かったと思う。
 ヤクモは痛みに慣れすぎていて、少々のことでは動じないので困ってしまう。我慢強いとか、そういうレベルを超えているのだ。人は、痛みで命の危機を知る。きっと、何度も危機に陥っているうちに、体が命の限界を間違えてしまっているのだろう。もしくは、もう諦めてしまっている……。そこまで考えて、イズモはぞっとした。
 ヤクモが命のあるうちに、ここへ来てくれて良かった。
 そんなことを思っていると、不意に、きゃあっと聞こえた気がした。
 やはり先ほどから何となくヤクモの声を感じる?きゃあ?
 そういえば、と姿の見えないヤクモを探す。食事の後でもすぐには寝なくなって、うろうろと塔の中を一人歩きし始めたのは良い傾向だと放っておいたが、どこへ行ったのやら。
 声のした気がする方へと行ってみると、ヤクモがお風呂場で、びしょ濡れになっていた。この風呂は、イズモの神力で水を温めているので、神力を通していないと、とても冷たい。
 イズモは大慌てでタオルを手に取り、風呂場の中へと入った。

「ヤクモ、どうしたの?もうお風呂に…。」

 入りたかったの?と言おうとして、ヤクモの手に風呂洗いのブラシが握られているのが見えた。冷たい水に濡れて、ぷるぷると震えながらヤクモが首を横に振る。
 あと少しだったのに。
 そんな声が頭のなかに聞こえて、イズモは思わず頬を緩めた。
 やっぱり、聞こえてる。
 これは、ヤクモの音なき声だ。
 だとしたら、鼻歌を歌いながらお風呂掃除をしていた?
 イズモは、嬉しくて嬉しくて、にこにこと笑いながらヤクモをタオルで拭いた。

「お風呂が、ずいぶんきれいになっているねえ。お掃除してくれたの?」

 ヤクモは照れたような顔で、ふいっと横を向く。

「このままじゃ冷えちゃうから、きれいになったお風呂に入っちゃおうか。」

 嬉しそうに顔を上げるヤクモから、そしたらまた洗うー、と聞こえた!
 ヤクモの服を脱がして、神力で温めたお湯を張る。自分の服も、ぽいと脱衣所に投げた。すぐに、風呂場がほわほわと温まってくる。くっついてお湯のなかに入れば、幸せがその身に満ちる気がした。
 ヤクモ。
 ヤクモ。
 僕の伴侶。
 明日も明後日も、そのつぎの日も、こうして一緒にいよう。

「まあ、またお風呂ですか。まあ、イズモ様までこんなに散らかして。」

 脱衣所で、明るいヌイの声がした。
 
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