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26 何も思わなかった
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「陛下がお目覚めになられ、こちらに向かっておられます。」
ミタマが執務室でその報告を聞いたのは、騎士服の妹とソファに座って向かい合っているときだった。
ミタマは、父が自分に用があるなら呼んでくれれば行くのに、と思いながら、分かった、と返事をする。
今日はなんという日なのだろう。ほとんど会ったことの無い妹が訪ねてきて、話そうかとしていたら、ほとんど話したことのない寝込んでいた父が起きて、こちらに来るという。
学校時代の成績は非常に優秀で、まだ成人前から王の代理として執務をこなし、臣下たちからの信頼篤い彼にも、どう対応していいのか分からない案件だった。
生まれてこのかた、家族というものと接したことのないミタマに、家族との話し方など分からない。彼にできたのは、淡々と第一王子として生きることだけだったのだから。
「城に置いてほしい。」
護衛だという小柄な騎士と二人で訪ねてきた妹は、土や汗でひどく汚れていた。ミタマは黙って話の続きを待つ。
「十六の誕生日の後、何をすれば良いのか分からない。塔への輿入れが無くなった私の役目は何ですか?何か仕事をください。」
こちらは忙しくて休みも取れないのに、仕事をください、とな。
ミタマは無表情に、心の中で呟く。
「お前は学校へも通っていなかった。どのような教師に何を習ったのか、何ができるか述べよ。」
「学校での学習内容が分かりませんが、人並みにはできる筈です。剣の鍛練も欠かしませんでした。」
「母上から、すでに使いが来ている。リンドウが来たら離宮にかえすように、とな。」
「二度と、離宮には帰りません。私の…。」
その時、ノックもなく扉が開いた。近衛騎士に抱えられるようにして、国王ハバキが入ってくる。
ミタマは立ち上がって礼を取った。
「父上。」
「黙れ。その呼び方を許した覚えはない。以前にも言わなかったか?」
「すみません。国王陛下。」
リンドウも立ち上がり、騎士の礼を取る。ハバキは、ソファの上座にぐったりと座った。いくら体が軽く感じたとはいえ、あまりに長い間動かしていなかった体を動かすのは大変であった。
ミタマはリンドウの隣へ移動して立っている。
しばらく荒い息を吐くハバキの言葉を待った。
「さて、王太子を騙るノバラの連れ子よ。真の王太子である我が子をどこへやった?」
は?とミタマはハバキの言葉を反芻する。どうやら、自分に話しかけられているようだ、と気付くのに少し時間を要した。気付いたからといって答えは出ない。表情は変わらないままに、思わずリンドウの方を向いてしまった。
じろり、とそちらへ視線をやったハバキは、更に眉をしかめる。
「リンドウ…か。」
嫌そうにその名を口にした。
「はい。国王陛下。」
「何故、ここにいる?十六の誕生日を迎えたら塔への輿入れだと、生まれた時から申し伝えてあったはずだが?」
「は。私もそのつもりでしたが、母に離宮から出してもらえず向かうことができませんでした。」
「今すぐ、向かえ。」
「国王陛下。今すぐとは無理です。何の準備もできておりません。」
「ノバラの連れ子。発言を許した覚えはない。準備ができていないとは如何に?十六の誕生日までに万端整えて、その日に出せば良かったろう?」
「は。」
「リンドウ。何の準備もいらぬ。すぐに塔へ行け。身代わりの妹とやらを救い出して来るがいい。もし、それがハレルヤであったなら、私は……。」
ハバキは、ぎりと奥歯を噛みしめた。
そのまま口をつぐみ、ずるりとソファに倒れてしまう。
「陛下。」
驚いて近寄ろうとするミタマをにらんで、
「宰相補佐としての仕事、ご苦労。城にノバラのおらぬうちに、お前は、私の子ではないことを公表する。文官の宿舎へ移れ。仕事分の給与は渡す。要るものは持ち出しも許可する。だが、王族としての証の入った品はすべて廃棄せよ。」
それだけ言うと、目を閉じた。
「は。」
ミタマは無表情に返事をすると、仕事をしていた机から乳母にもらったペンだけ手に取った。
「あ、兄上?」
戸惑うリンドウを置いて、部屋を出る。初めてあんなに話をしたな、と父と思っていた国王のことを思い浮かべた。まっすぐに自分に与えられていた部屋へと向かう。扉を閉める前に、執務室から追ってきた乳兄弟ユウナギが部屋に入り込んだ。最もミタマのそば近くにいられるようにと、侍従を職としてしてくれたミタマの家族である。
「ミタマ。」
「……何とも思ってはいない。」
ユウナギは、ミタマを抱きしめながら首を横に振る。
「ユウナギ。本当に、何とも思ってはいないんだ。」
「こんな、こんなことってない。あいつが寝込んでいた間、誰が政務をしていたと思っているんだ。」
「ご苦労と言ってもらった。」
「あんな、あんなの……。」
「給与もくれるって。」
ひくっ、とユウナギの喉がひきつる音がする。きっとまた、代わりに泣いているのだとでも言うのだろう、とミタマは思った。
ハバキの回復が伝えられた日、ハバキの名で、ミタマは王族ではないことと、塔への輿入れはリンドウがすることが発表された。
ミタマが執務室でその報告を聞いたのは、騎士服の妹とソファに座って向かい合っているときだった。
ミタマは、父が自分に用があるなら呼んでくれれば行くのに、と思いながら、分かった、と返事をする。
今日はなんという日なのだろう。ほとんど会ったことの無い妹が訪ねてきて、話そうかとしていたら、ほとんど話したことのない寝込んでいた父が起きて、こちらに来るという。
学校時代の成績は非常に優秀で、まだ成人前から王の代理として執務をこなし、臣下たちからの信頼篤い彼にも、どう対応していいのか分からない案件だった。
生まれてこのかた、家族というものと接したことのないミタマに、家族との話し方など分からない。彼にできたのは、淡々と第一王子として生きることだけだったのだから。
「城に置いてほしい。」
護衛だという小柄な騎士と二人で訪ねてきた妹は、土や汗でひどく汚れていた。ミタマは黙って話の続きを待つ。
「十六の誕生日の後、何をすれば良いのか分からない。塔への輿入れが無くなった私の役目は何ですか?何か仕事をください。」
こちらは忙しくて休みも取れないのに、仕事をください、とな。
ミタマは無表情に、心の中で呟く。
「お前は学校へも通っていなかった。どのような教師に何を習ったのか、何ができるか述べよ。」
「学校での学習内容が分かりませんが、人並みにはできる筈です。剣の鍛練も欠かしませんでした。」
「母上から、すでに使いが来ている。リンドウが来たら離宮にかえすように、とな。」
「二度と、離宮には帰りません。私の…。」
その時、ノックもなく扉が開いた。近衛騎士に抱えられるようにして、国王ハバキが入ってくる。
ミタマは立ち上がって礼を取った。
「父上。」
「黙れ。その呼び方を許した覚えはない。以前にも言わなかったか?」
「すみません。国王陛下。」
リンドウも立ち上がり、騎士の礼を取る。ハバキは、ソファの上座にぐったりと座った。いくら体が軽く感じたとはいえ、あまりに長い間動かしていなかった体を動かすのは大変であった。
ミタマはリンドウの隣へ移動して立っている。
しばらく荒い息を吐くハバキの言葉を待った。
「さて、王太子を騙るノバラの連れ子よ。真の王太子である我が子をどこへやった?」
は?とミタマはハバキの言葉を反芻する。どうやら、自分に話しかけられているようだ、と気付くのに少し時間を要した。気付いたからといって答えは出ない。表情は変わらないままに、思わずリンドウの方を向いてしまった。
じろり、とそちらへ視線をやったハバキは、更に眉をしかめる。
「リンドウ…か。」
嫌そうにその名を口にした。
「はい。国王陛下。」
「何故、ここにいる?十六の誕生日を迎えたら塔への輿入れだと、生まれた時から申し伝えてあったはずだが?」
「は。私もそのつもりでしたが、母に離宮から出してもらえず向かうことができませんでした。」
「今すぐ、向かえ。」
「国王陛下。今すぐとは無理です。何の準備もできておりません。」
「ノバラの連れ子。発言を許した覚えはない。準備ができていないとは如何に?十六の誕生日までに万端整えて、その日に出せば良かったろう?」
「は。」
「リンドウ。何の準備もいらぬ。すぐに塔へ行け。身代わりの妹とやらを救い出して来るがいい。もし、それがハレルヤであったなら、私は……。」
ハバキは、ぎりと奥歯を噛みしめた。
そのまま口をつぐみ、ずるりとソファに倒れてしまう。
「陛下。」
驚いて近寄ろうとするミタマをにらんで、
「宰相補佐としての仕事、ご苦労。城にノバラのおらぬうちに、お前は、私の子ではないことを公表する。文官の宿舎へ移れ。仕事分の給与は渡す。要るものは持ち出しも許可する。だが、王族としての証の入った品はすべて廃棄せよ。」
それだけ言うと、目を閉じた。
「は。」
ミタマは無表情に返事をすると、仕事をしていた机から乳母にもらったペンだけ手に取った。
「あ、兄上?」
戸惑うリンドウを置いて、部屋を出る。初めてあんなに話をしたな、と父と思っていた国王のことを思い浮かべた。まっすぐに自分に与えられていた部屋へと向かう。扉を閉める前に、執務室から追ってきた乳兄弟ユウナギが部屋に入り込んだ。最もミタマのそば近くにいられるようにと、侍従を職としてしてくれたミタマの家族である。
「ミタマ。」
「……何とも思ってはいない。」
ユウナギは、ミタマを抱きしめながら首を横に振る。
「ユウナギ。本当に、何とも思ってはいないんだ。」
「こんな、こんなことってない。あいつが寝込んでいた間、誰が政務をしていたと思っているんだ。」
「ご苦労と言ってもらった。」
「あんな、あんなの……。」
「給与もくれるって。」
ひくっ、とユウナギの喉がひきつる音がする。きっとまた、代わりに泣いているのだとでも言うのだろう、とミタマは思った。
ハバキの回復が伝えられた日、ハバキの名で、ミタマは王族ではないことと、塔への輿入れはリンドウがすることが発表された。
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