【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

文字の大きさ
上 下
20 / 83

20 その心が満たされるまで

しおりを挟む
 とにかくよく寝ていたヤクモが、起きている時間が増えてきた。
 体が求めていたのだろう。風呂に入ったら疲れて寝て、起きて食事をしたら疲れて寝た。
 求めるままにさせていたら、回復も早かったようだ。しかしまだ、あばら骨がしっかりくっついた訳ではないだろう。はじめの夜以来、医者に診せてはいないのではっきりとは分からないが、性急に動こうとして、声もなくうずくまっている時がある。我慢強いヤクモがうずくまるほどの痛みだ。間違いなく治っていない。そのたびにイズモはそっと抱き上げて、

「まだ怪我は治っていません。ゆっくり動こうね。ヤクモが痛いと、僕も悲しい。」

 と、言い聞かせた。ヤクモは、ぺたりとイズモに体をくっ付けて、うんうんと頷く。目に滲んだ涙を拭ってしばらく抱いていてやると、ほっと落ち着くのだ。少しましになってはきたが、まだまだヤクモは小さくて細かった。イズモの腕のなかで、そのまま寝てしまうこともあった。
 イズモには、特に何をしなければならないことがある訳ではない。四百年の間に、ただ生きているだけで封印を施すすべを得ているし、塔からは出られない。出られない、という戒めこそが力を強めていた。一人の寂しさだけが募る頃に届いたヤクモのことが、手がかかればかかるほどに可愛い。
 イズモは、ヤクモのどんな試し行動も可愛いばかりだった。
 食べ物を粗末にすることは決してないが、スプーンや空の器を、ぽいっと床に投げ捨てたり、お風呂上がりの体を自分で拭かずに、濡れたままでうずくまっていたりする。イズモが食事の片付けをしようとすると、抱っこをねだり離れない。
 イズモは呆れることなく、相手をした。
 スプーンや器を投げ捨てたら、

「壊れたら困るからやめようね。」

 と言いながら拾う。何度やっても、何度でも拾った。お風呂上がりは、自分のことは後回しにしてヤクモを拭いた。

「僕は丈夫だから濡れていても風邪を引かないけれど、ヤクモは熱を出すからなあ。」

 そう言いながら、丁寧に丁寧に髪の毛も体も拭いて服を着せる。濡れたままでいると熱が出るよ、と言われたから、ヤクモは体を拭かずにいることが良くないことだと分かっていた。でも、イズモは怒りもせずに拭いてくれるのだ。自分を後回しにしてでも!してもらっている間は、嬉しくて嬉しくてたまらない。イズモ様は、俺のことから先にしてくれた。俺のことを大事にしてくれる。けれど服まで着せてもらってから、いつもヤクモは後悔する。
 イズモ様に嫌われたらどうしよう。呆れられたらどうしよう。こんなに悪い子で、捨てられたらどうしよう。
 そして大泣きして、ごめんなさい、ごめんなさいと謝る羽目になる。それもまた、自分勝手な行動であるのに、やっぱりイズモは呆れることなく、どうしたの?どこか痛い?と心配しながら落ち着くまで抱いていてくれた。
 幾らでも付き合うイズモに、ヤクモはどんどん満たされていった。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

なんか金髪超絶美形の御曹司を抱くことになったんだが

なずとず
BL
タイトル通りの軽いノリの話です 酔った勢いで知らないハーフと将来を約束してしまった勇気君視点のお話になります 攻 井之上 勇気 まだまだ若手のサラリーマン 元ヤンの過去を隠しているが、酒が入ると本性が出てしまうらしい でも翌朝には完全に記憶がない 受 牧野・ハロルド・エリス 天才・イケメン・天然ボケなカタコトハーフの御曹司 金髪ロング、勇気より背が高い 勇気にベタ惚れの仔犬ちゃん ユウキにオヨメサンにしてもらいたい 同作者作品の「一夜の関係」の登場人物も絡んできます

処理中です...