【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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16 その長き戦い

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 ノバラは、塔へと輿入れする予定で育てられていた。幼い頃は何の疑問も抱かなかったが、他人との関わりを持つようになると、何故自分がその様なところへ行かなくてはいけないのか、と思うようになる。
 他の令嬢たちは、料理の練習などしていない。神力を高める修行などしていない。婚約者を探すお茶会をして、あの方は頭が良くて素敵だの、あの方は剣の腕がたつらしいだの、きゃあきゃあと楽しんでいる。そうして、必ずノバラに言うのだ。

「ノバラ様には、関係の無いお話でしたわね。ごめんなさい。」

 絶対に行ってたまるものか、と決意したのは、王家の傍系の人々が娘を隠していた事実を知った時である。ノバラより年上の姫達が、こっそりと幾人も存在していたのだ。
 ノバラ姫しかおられないのです。
 この国をお守りください。
 そんなことを言われるたびに、吐き気がした。
 どうすれば行かなくてすむのかと考えに考えた彼女が実行したのが、純潔を散らすこと、であった。
 塔に行かなくて良くなるのなら相手は誰でもいい。その辺りの有象無象にくれてやっても構わないが、どうせやるなら意趣返しをしたい。
 そこで綿密な計画をたてて、従兄いとこの王太子に狙いを定めた。十六の誕生日間近には、輿入れのための準備が様々に整えられて、彼女が頻繁に王宮へ伺うことはおかしなことでは無かった。
 もともとは、花嫁は直系の姫が担っていたので、王宮で育てられるのが常だったのである。けれどノバラの父は、兄が王位を継ぐと同時に臣籍降下して公爵家を興していたので、すでに別の屋敷に住んでいた。ノバラの母は、娘が塔の花嫁に選ばれたことを悲しみ、せめてその時までは手元で育てさせてほしい、と涙ながらに訴えたので、ノバラは王宮ではなく、公爵家の屋敷で育てられたのである。せめて、嫁ぐまでは人並みの令嬢としての生活をさせたい、という母の想いが仇となって、事件は起きたと言える。ノバラのもともとの性質も多分にあったが。
 想い合う婚約者がいる王太子を、心から落とすには時間が足りない。そして、彼女はそんなものを求めてはいなかった。塔へと行かなくてすむようになることが、ノバラの目的である。自分が、塔の花嫁として相応しくない、純潔ではない、という形が出来上がれば良い。
 二人でお茶会がしたい、としおらしくお願いをし、王太子に酒と薬を盛った。さも、襲われたかのように装い、涙の一つも見せてやれば、周囲は真っ青になりながら、労ってくれた。何てことだ。あんなに花嫁となるための努力をされていたのに。
 王太子は必死で、誓って何もしていないと訴えたが、その少し後にノバラの懐妊が分かり、最早味方は誰もいなくなった。一人で妊娠することなどできやしないのである。大切に育てられたノバラ。あの時以外に、どうやって妊娠することなどできようかと。
 実際は、王太子に背格好や顔付きのよく似た者を選んで、淡々と事を済ませていた。王太子が手を出さないであろうことは予想していたので、王太子を嵌めた後に、妊娠するまで散々、どこの馬の骨ともしれない若者と閨を共にしたのである。清廉にと育てられたノバラにとって、その背徳的な行為はとても楽しかった。
 懐妊したとなれば、もうその後はトントン拍子に話は進んだ。王太子の元々の婚約は解消され、婚約期間も飛ばして婚姻の儀が執り行われる。王太子がどんなに周囲に訴えても、誰も話を聞いてはくれなかった。ノバラの腹から王子としてミタマが生まれたとき、せめてこれが姫なら、と彼は怨嗟を込めて呟いたという。王太子ハバキは、ノバラに言った。お前に姫を生ませて、その姫を塔の花嫁としよう。
 周囲からは、仲睦まじいと思われるほどの夜を経て、ノバラがリンドウ姫を生んだとき、ハバキは心底嬉しそうに笑った。
 そして、国の隅々に向けて宣言した。

「リンドウ姫を塔の花嫁として育てる。失敗作のノバラからは離して育てるように。」

 その年、国王として即位したハバキは、すぐに元婚約者を側妃として娶った。間もなく懐妊した子が男の子であったことを手放しで喜んだ。
 ノバラは、我が子を塔の花嫁になどするものか、との決意を固める。神力を存分に使い、周囲の意識に干渉しながら、側妃の子は女だと言い続けた。
 長雨と地震いが続いて、塔の悪魔が花嫁を望んでいるのだと言うものがいる。知ったことではない。そんなに国を守りたいなら、自ら行けば良いのだ。何故、自分や可愛い我が子が行かねばならぬのか。
 ノバラは戦い続けた。
 塔の花嫁という運命と。
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