【完結】塔の悪魔の花嫁

15 ノバラ

　リンドウは、自由になれる、の意味を知って憤っていた。自分は弟だと思っている、母は妹だと言う自分のきょうだいを犠牲にしてその自由が得られるのなら、そのようなものはいらない。自分には、とうに覚悟はあったというのに。
　社交界に出ないのも、特殊な育てられ方も、塔へ輿入れするからだとばかり思っていた。だが、母が何か策を巡らしていたのだとしたら、許せない。そのことに気付かず、母に指図されたままの生活を送っていた自分が許せない。きょうだいを身代わりにした自分が許せない。
　母がきっと追ってくるだろうと、会場に準備されていた王族の控え室へ向かう。予想通り、母らしくない大声が聞こえた。

「リンドウ。会場に戻りなさい。」
「説明を聞いて、納得がいけば戻りましょう。」

　そんなことにはならないだろう、と思いながら答える。控え室の中に入りソファに座ると、扉の前で、怒った顔を扇子で隠したノバラが震えている。どうぞ、と向かい側の席を示すと、それでもなお、優雅な仕草で席についた。
　驚いたことに、王太子もすぐにやって来て、リンドウの隣に腰を下ろす。紅茶が準備される間、誰も口を開かなかった。
　人払いをして、ようやくノバラが口を開く。

「ミタマ。貴方まで下がってくるなんて。」
「すでに輿入れがすんでいるとは、どういう意味ですか。私は、何も準備した覚えがございません。」

　王太子ミタマが、淡々と尋ねる。元々、感情を表に出す質ではなかったが、会わない間に益々、仮面は分厚くなったようだ、とリンドウは思う。

「言葉の通りです。生贄は捧げました。もう、何の心配もいらないわ。」
「生贄とは、どういうことです？塔へは、封印の手伝いをしに行くのであって、生贄を捧げる訳ではありません。」
「もし、そうであっても私は行く覚悟でした。妹、とは何のことなのです？私たちには弟しかいない。」

　はあ、とノバラはため息をついた。何て話が通じない子たちなのだろう。感謝されこそすれ、何故このように詰られないといけないのか。

「私が、どんなに苦労して、私とリンドウを生贄の運命から救ったと思っているの？ようやく、肩の荷が降りたというのに。この日まで、どんなに長かったか。」

　ノバラが涙さえ滲ませながら呟けば、子ども達が息を飲むのが見えた。元はと言えば、五代目の花嫁はノバラだったのだ。サクラ姫の後で、王家の直系に娘がいなかった。他の血筋の家にも、ちょうど良い娘は存在しておらず、王弟の家に生まれたノバラが十六になるのを待って、塔へと輿入れする予定だった。