13 / 83
13 自由になった日
しおりを挟む
誕生パーティー用のドレスを着付けられながら、リンドウ姫は倒れそうだった。コルセットなど着けたことがない。城のすぐ横に建つ離宮に軟禁状態で、出歩くときは騎士服を着て、短髪のかつらを被っていた。
痩せ形で背も高く、剣の稽古を好んでいたのでよく鍛えられており、女性らしい丸みはほとんど無い。
淑女教育やダンスの稽古をするときには、しぶしぶドレスを身に付けていたが、コルセットなどつけるはずもなかった。
これは、殺人のための道具だろ……。
あまりの苦しさに、音を上げた。
「私は、これはいらない。これを着けなければいけないというのなら、二度とドレスは着ない。」
侍女たちが、そんな、とか姫様お戯れを、とか言うのを無視して、絞められかけていたコルセットを外す。冗談ではない。何年も男装を許しておいて、今更何なのだ。
母は、十六の誕生日さえくればあなたは自由になれる、と言ったのに、これでは今までより不自由だ。
リンドウはため息をついて、いつもの騎士服を手に取る。
「少し散歩してくる。付いてくるな。」
「そんな訳には参りません。今夜のお支度が間に合わない。」
「馬鹿を言え。ドレスを着て城へ行くだけだろう?パーティーは夕方なのに、何故こんな昼日中から準備しなくちゃならないんだ。間に合うようには戻るさ。」
リンドウは手早く騎士服を身につけると、豊かな髪をそのまま適当に束ねて部屋を飛び出した。今日は朝から風呂に入れられ、香油を塗り込まれたり、髪を丁寧にとかされたりで、碌なものを食べていない。まずは厨房でサンドイッチでも貰おう、と思ってから、彼を思い出した。
同じ離宮の倉庫のような部屋に閉じ込められた弟。
食べ物も満足に貰えていない様子の、口もきかない子ども。
弟、だと思うのだ。
自分には兄と弟しかいない、と知っている筈なのに、皆が口を揃えて、病気の妹と言う。
妹君のお部屋には近付いてはなりませんよ。病気が移ってしまいます。
そう言って誰も近付かなければ、あの子は死んでしまうじゃないか。
どうして、あんな汚ない部屋に一人きりなんだ?どうしていつも、食べ物を渡すと必死で食べる?
鍵を外せないからと窓硝子を割ってみたが、その窓が直されることも無かった。あちらには、ほとんど誰もいなかったようだ。
自分の周りには見張りがいて、なかなか行けなかったが、自由になった今日なら、あの部屋から連れ出しても良いだろうか。
長い髪を揺らして騎士服を着て歩くリンドウを、すれ違う者が訝しげに見てくる。部屋の前から、見張りが付いてきているのは知っているが、ただ付いてくるだけなのは、厨房は行っても大丈夫な場所ということなのだろう。
リンドウがサンドイッチを貰うと、見張りが姿を現した。護衛と言うべきか?
「お毒見を。」
面倒くさかったが、作ってくれた料理人に一つ食べてもらう。いらいらしながら少し時間を置いて、半分食べた。残りを持って立ち上がる。
「持ち帰るのですか?」
料理人が袋に入れてくれたので、ありがたく受け取り、いつも夜にこっそり行っていた部屋へと足を向けた。
「姫様、そちらは行ってはなりません。」
見張りの声を無視して、薄暗い奥の部屋へと進む。外からしか声を掛けたことがないが、扉を開けてくれるだろうか?
見張りが、掴みかからんばかりに止めようとしてきたので、走ってその部屋へ向かった。
そのままの勢いで扉をノックする。
返事がないので、取っ手を回すとあっさりと開いた。
かび臭い、薄汚れた部屋。赤黒い跡が部屋のあちこちにあり、布団とは言えないような布が置かれたベッド。そこも、赤黒い汚れや黄色い汚れがべったりと付いていて、とても人が住んでいたとは思えない。
ぞっとしながらその狭い部屋を見回すが、そこには誰もいなかった。
昨夜、確かに食べ物を渡したんだが……。
「ここは、立ち入り禁止です。失礼致します。」
見張りが腕を掴もうとしたので、思いっきり叩き落とした。
「この部屋にいた者は、どうした?」
男のふりをしていたので、低めに押さえた話し方をすることが多かったが、意図せずとも低い声が出た。
「私には分かりません。」
ちっ、と舌打ちして部屋を出る。
今日。どんなにこの十六の誕生日を待ったことか。
母は、自由になれると言ったではないか。
痩せ形で背も高く、剣の稽古を好んでいたのでよく鍛えられており、女性らしい丸みはほとんど無い。
淑女教育やダンスの稽古をするときには、しぶしぶドレスを身に付けていたが、コルセットなどつけるはずもなかった。
これは、殺人のための道具だろ……。
あまりの苦しさに、音を上げた。
「私は、これはいらない。これを着けなければいけないというのなら、二度とドレスは着ない。」
侍女たちが、そんな、とか姫様お戯れを、とか言うのを無視して、絞められかけていたコルセットを外す。冗談ではない。何年も男装を許しておいて、今更何なのだ。
母は、十六の誕生日さえくればあなたは自由になれる、と言ったのに、これでは今までより不自由だ。
リンドウはため息をついて、いつもの騎士服を手に取る。
「少し散歩してくる。付いてくるな。」
「そんな訳には参りません。今夜のお支度が間に合わない。」
「馬鹿を言え。ドレスを着て城へ行くだけだろう?パーティーは夕方なのに、何故こんな昼日中から準備しなくちゃならないんだ。間に合うようには戻るさ。」
リンドウは手早く騎士服を身につけると、豊かな髪をそのまま適当に束ねて部屋を飛び出した。今日は朝から風呂に入れられ、香油を塗り込まれたり、髪を丁寧にとかされたりで、碌なものを食べていない。まずは厨房でサンドイッチでも貰おう、と思ってから、彼を思い出した。
同じ離宮の倉庫のような部屋に閉じ込められた弟。
食べ物も満足に貰えていない様子の、口もきかない子ども。
弟、だと思うのだ。
自分には兄と弟しかいない、と知っている筈なのに、皆が口を揃えて、病気の妹と言う。
妹君のお部屋には近付いてはなりませんよ。病気が移ってしまいます。
そう言って誰も近付かなければ、あの子は死んでしまうじゃないか。
どうして、あんな汚ない部屋に一人きりなんだ?どうしていつも、食べ物を渡すと必死で食べる?
鍵を外せないからと窓硝子を割ってみたが、その窓が直されることも無かった。あちらには、ほとんど誰もいなかったようだ。
自分の周りには見張りがいて、なかなか行けなかったが、自由になった今日なら、あの部屋から連れ出しても良いだろうか。
長い髪を揺らして騎士服を着て歩くリンドウを、すれ違う者が訝しげに見てくる。部屋の前から、見張りが付いてきているのは知っているが、ただ付いてくるだけなのは、厨房は行っても大丈夫な場所ということなのだろう。
リンドウがサンドイッチを貰うと、見張りが姿を現した。護衛と言うべきか?
「お毒見を。」
面倒くさかったが、作ってくれた料理人に一つ食べてもらう。いらいらしながら少し時間を置いて、半分食べた。残りを持って立ち上がる。
「持ち帰るのですか?」
料理人が袋に入れてくれたので、ありがたく受け取り、いつも夜にこっそり行っていた部屋へと足を向けた。
「姫様、そちらは行ってはなりません。」
見張りの声を無視して、薄暗い奥の部屋へと進む。外からしか声を掛けたことがないが、扉を開けてくれるだろうか?
見張りが、掴みかからんばかりに止めようとしてきたので、走ってその部屋へ向かった。
そのままの勢いで扉をノックする。
返事がないので、取っ手を回すとあっさりと開いた。
かび臭い、薄汚れた部屋。赤黒い跡が部屋のあちこちにあり、布団とは言えないような布が置かれたベッド。そこも、赤黒い汚れや黄色い汚れがべったりと付いていて、とても人が住んでいたとは思えない。
ぞっとしながらその狭い部屋を見回すが、そこには誰もいなかった。
昨夜、確かに食べ物を渡したんだが……。
「ここは、立ち入り禁止です。失礼致します。」
見張りが腕を掴もうとしたので、思いっきり叩き落とした。
「この部屋にいた者は、どうした?」
男のふりをしていたので、低めに押さえた話し方をすることが多かったが、意図せずとも低い声が出た。
「私には分かりません。」
ちっ、と舌打ちして部屋を出る。
今日。どんなにこの十六の誕生日を待ったことか。
母は、自由になれると言ったではないか。
142
お気に入りに追加
773
あなたにおすすめの小説

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?
下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。
そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。
アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。
公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。
アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。
一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。
これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。
小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

前世が俺の友人で、いまだに俺のことが好きだって本当ですか
Bee
BL
半年前に別れた元恋人だった男の結婚式で、ユウジはそこではじめて二股をかけられていたことを知る。8年も一緒にいた相手に裏切られていたことを知り、ショックを受けたユウジは式場を飛び出してしまう。
無我夢中で車を走らせて、気がつくとユウジは見知らぬ場所にいることに気がつく。そこはまるで天国のようで、そばには7年前に死んだ友人の黒木が。黒木はユウジのことが好きだったと言い出して――
最初は主人公が別れた男の結婚式に参加しているところから始まります。
死んだ友人との再会と、その友人の生まれ変わりと思われる青年との出会いへと話が続きます。
生まれ変わり(?)21歳大学生×きれいめな48歳おっさんの話です。
※軽い性的表現あり
短編から長編に変更しています

聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる