【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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13 自由になった日

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 誕生パーティー用のドレスを着付けられながら、リンドウ姫は倒れそうだった。コルセットなど着けたことがない。城のすぐ横に建つ離宮に軟禁状態で、出歩くときは騎士服を着て、短髪のかつらを被っていた。
 痩せ形で背も高く、剣の稽古を好んでいたのでよく鍛えられており、女性らしい丸みはほとんど無い。
 淑女教育やダンスの稽古をするときには、しぶしぶドレスを身に付けていたが、コルセットなどつけるはずもなかった。
 これは、殺人のための道具だろ……。
 あまりの苦しさに、音を上げた。

「私は、これはいらない。これを着けなければいけないというのなら、二度とドレスは着ない。」

 侍女たちが、そんな、とか姫様お戯れを、とか言うのを無視して、絞められかけていたコルセットを外す。冗談ではない。何年も男装を許しておいて、今更何なのだ。
 母は、十六の誕生日さえくればあなたは自由になれる、と言ったのに、これでは今までより不自由だ。
 リンドウはため息をついて、いつもの騎士服を手に取る。

「少し散歩してくる。付いてくるな。」
「そんな訳には参りません。今夜のお支度が間に合わない。」
「馬鹿を言え。ドレスを着て城へ行くだけだろう?パーティーは夕方なのに、何故こんな昼日中から準備しなくちゃならないんだ。間に合うようには戻るさ。」

 リンドウは手早く騎士服を身につけると、豊かな髪をそのまま適当に束ねて部屋を飛び出した。今日は朝から風呂に入れられ、香油を塗り込まれたり、髪を丁寧にとかされたりで、碌なものを食べていない。まずは厨房でサンドイッチでも貰おう、と思ってから、彼を思い出した。
 同じ離宮の倉庫のような部屋に閉じ込められた弟。
 食べ物も満足に貰えていない様子の、口もきかない子ども。
 弟、だと思うのだ。
 自分には兄と弟しかいない、と知っている筈なのに、皆が口を揃えて、病気の妹と言う。
 妹君のお部屋には近付いてはなりませんよ。病気が移ってしまいます。
 そう言って誰も近付かなければ、あの子は死んでしまうじゃないか。
 どうして、あんな汚ない部屋に一人きりなんだ?どうしていつも、食べ物を渡すと必死で食べる?
 鍵を外せないからと窓硝子を割ってみたが、その窓が直されることも無かった。あちらには、ほとんど誰もいなかったようだ。
 自分の周りには見張りがいて、なかなか行けなかったが、自由になった今日なら、あの部屋から連れ出しても良いだろうか。
 長い髪を揺らして騎士服を着て歩くリンドウを、すれ違う者が訝しげに見てくる。部屋の前から、見張りが付いてきているのは知っているが、ただ付いてくるだけなのは、厨房は行っても大丈夫な場所ということなのだろう。
 リンドウがサンドイッチを貰うと、見張りが姿を現した。護衛と言うべきか?

「お毒見を。」

 面倒くさかったが、作ってくれた料理人に一つ食べてもらう。いらいらしながら少し時間を置いて、半分食べた。残りを持って立ち上がる。

「持ち帰るのですか?」

 料理人が袋に入れてくれたので、ありがたく受け取り、いつも夜にこっそり行っていた部屋へと足を向けた。

「姫様、そちらは行ってはなりません。」

 見張りの声を無視して、薄暗い奥の部屋へと進む。外からしか声を掛けたことがないが、扉を開けてくれるだろうか?
 見張りが、掴みかからんばかりに止めようとしてきたので、走ってその部屋へ向かった。
 そのままの勢いで扉をノックする。
 返事がないので、取っ手を回すとあっさりと開いた。
 かび臭い、薄汚れた部屋。赤黒い跡が部屋のあちこちにあり、布団とは言えないような布が置かれたベッド。そこも、赤黒い汚れや黄色い汚れがべったりと付いていて、とても人が住んでいたとは思えない。
 ぞっとしながらその狭い部屋を見回すが、そこには誰もいなかった。
 昨夜、確かに食べ物を渡したんだが……。
 
「ここは、立ち入り禁止です。失礼致します。」

 見張りが腕を掴もうとしたので、思いっきり叩き落とした。

「この部屋にいた者は、どうした?」

 男のふりをしていたので、低めに押さえた話し方をすることが多かったが、意図せずとも低い声が出た。

「私には分かりません。」

 ちっ、と舌打ちして部屋を出る。
 今日。どんなにこの十六の誕生日を待ったことか。
 母は、自由になれると言ったではないか。
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