【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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 目が覚めたら、また同じ布団にいた。痛い天国。手が温かい。何だろうと動かしてみると、きゅっと握ってくれた。気持ちいい。あまり力は入らないけれど、握り返してみる。
 なんだこれ。いいな。流石は天国。痛いのくらい我慢だな。

「よかった。目が覚めたね。」

 天国の神様の声がした。
 うんうんと頷く。

「僕のこと、覚えてくれている?イズモだよ。」

 覚えてるよ、当たり前だ。
 また、うんうんと頷くとイズモは、ぱあっと嬉しそうに笑った。

「水を飲もうね。スープも。汗を拭いて着替えもしないとね。」

 にこにこと喋るのを見ていると、胸がぽわんと暖かくなる。着替えはどうでもいいけど、水とスープは要ります!彼は、一生懸命に首を縦に振った。
 あはは、とイズモは笑って握っていた手を離す。寂しくなってその手を持ち上げ、じっと見てしまった。
 イズモはすぐに水を持って来てくれたので、慌てて身を起こそうとすると、やんわりと押さえ込まれる。

「聞いてほしいことがあるんだ。」

 イズモは真剣な顔で訴えたが、彼にはもう甘い匂いの水しか見えていない。それでも、力を込めてベッドに押し付ける。

「酷い怪我をしているから、自分で無理に起きようとしないでほしい。僕が起こしてあげるから、ほんの少し我慢して?その方が痛くないし、傷も早く治るよ。ね?」

 彼は、少し首を傾げた。
 怪我があるのも痛いのも、いつものことだ。治る前に次の傷がつく。そんなことより、お水ぅ。スープぅ。
 イズモは彼のきょとんとした顔に、驚いて息を飲んだ。あまり通じていないようだ。根気よく教えていくしかないな……。
 とりあえず、そっと背中に手を入れてゆっくりと起こし、蜜入りの水を口にふくむ。彼が絶望するような顔が見えた。もらえないと思ってしまったかな?と思いながら、唇を重ねる。半開きの口に水を流すと慌てたように飲んだ。これ、気持ちいいんだよね、と思いながらもう一度、水を口にふくんだ。素直に受け入れてくれるので、コップに半分の水が無くなるまで繰り返す。良い具合に彼の体から力が抜けたので、ぼんやりしている間にベッドにもたれさせて、スープをスプーンで口に運ぶ。
 途中までは、のんびりとスプーンから食べていたが、急に、はっとした顔をしたかと思うと手が伸びてきて器を奪っていった。今日は、割りとのんびり飲めたな。
 今日のスープは冷ましてあるので、安心して器をあおるのを見守りながら、イズモは人と触れあえることを喜んでいた。

「名前を教えてほしいな。話せないんだよね?書ける?」

 イズモの問いかけに、ようやく器から口を離した彼が首を横に振る。文字の読み方は覚えているが、書ける自信はない。そして、名前を覚えていない。イズモは文字の表を持ってきた。

「名前の文字に、指を差すことはできるかな。」

 彼はまた、首を横に振った。

「駄目かあ。文字はまた、教えてあげるからね。名前、あるよね?口をその形に動かしてみて。」

 また、首が横に振られる。

「え?無いの?名前だよ。君の呼び方。」

 彼は、指を伸ばした。『そ』『れ』。

「それ?ソレって名前なの?変わって、る…?」

 名前ではない。呼び方だ。彼はまた首を横に振った。

「え?それって呼ばれてたってこと?名前じゃなく?」

 よく分からないが、文字が読めない訳ではないらしい。

「分かった。そのうち話したり書いたりできるようになったら、たくさん情報交換しよう。今は、僕が名前をつけていい?」

 うんうんと頷くのを見て、考える。もし子どもが生まれたら、どんな名前にする?なんて話した姫がいた。彼女は子どもが好きだったけれど、この塔の中は輪廻の輪から外れてしまっていて、子が成せなかった。他愛ない会話。名付けられる子どもなんて生まれない。けれど、願望があったのだろう。だから、君は彼女の子どもだ。

「ヤクモ。」

 イズモが言うと、彼は大きく一つ頷いた。

 
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