【完結】塔の悪魔の花嫁

かずえ

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10 未来を見つめる

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 まさか、器を取られてしまうとは。
 イズモは、水を飲んだら魂が抜けたようになってしまった子どもを慌てて寝かせてやりながら、色んなことに驚いていた。
 寝る姿勢になると、すぐにうとうとと目蓋が閉じる。口の端についた汚れをぬぐってやり、そっと頭を撫でた。先ほどまでより、だいぶ安らかな寝息が聞こえて、ほっとする。
 ベッド脇の背もたれ付きの椅子に座って、ミカゲに渡されたメモをもう一度読み返す。

『あばら骨が傷んでいるので、自分で起き上がれないから、そっと起こして、背中にクッションを挟んで座らせてあげる。』

 いやいやいや。
 痛そうに涙まで流してたけど、起き上がったよ?

『喉が潰されているので、少しずつしか飲めない。スプーンでゆっくりと口に運んであげる。』

 …………。
 いっぺんにたくさん飲めている様子は無かったが、スープに溺れそうになりながらも、器を口から離さなかった。
 ふと思い出して、投げ捨てられたスプーンを拾う。
 熱かったろうに。
 やっぱり涙目になりながらも、必死で飲んでいた。
 この体の細さだ。長いこと食べていなかったのかもしれない。これからはいっぱいあげるからね、と思いながら、器とスプーンを流しに運んだ。
 そこでメモを思い出す。

『たくさん食べることに慣れていないから、少しずつ食べさせないと腹を壊す。』

 厄介なことだ。
 ちょっと苦笑いを浮かべながら、自分の分のスープを器に入れた。
 ベッド脇の椅子に座って、ゆっくりとスープを口に運ぶ。久しぶりに温かいスープを飲んだ。体の隅々まで力がみなぎってくる。
 ふう、と息を吐いて、ベッドで眠る子どもを見た。間違いない。この子は約束の子なのだ。今まで、姫しか来ていなかったから分からなかったが、王子でも大丈夫だったのだ。
 本当に数時間前まで、うつらうつらとするしかできなかったこの身を思う。あっという間に回復して、人の世話までしている。ムラクモの血筋の子は、居てくれるだけでこんなにも体も心も楽になるのか。
 人の世話をするというのは、なかなかに新鮮な体験だった。どうやら自分は、それが嫌いじゃないらしい。
 塔での四百年。世話をされることが多かったように思う。世話焼きな花嫁たちが多かった。姫として育っていて、家事が全くできなくても、何十年と塔で過ごすうちに色んなことを覚えてくれた。裁縫好きの三代目ヒルガオが作ってくれたクッションは、まだここにある。絵を描くのが好きだった二代目スズランの作品は、少しだけ色褪せてきた。料理好きな四代目サクラの作品は、全て腹の中だ。
 イズモは料理と裁縫はちっとも身に付かず、掃除だけはそれなりにできるくらいだった。
 この子はどんな子かな。また、何十年もの時をこの子と過ごすのか。
 ベッドで眠る子どもを見ながら、イズモは機嫌良くにこにこと笑った。
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