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2 食べられない食堂
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「御召しかえを。」
メイドの声が聞こえて、彼がどう反応しようと関係なく下着一枚に剥かれる。十三歳の男なのに、女であるメイドは何とも思っていないようだった。ほとんど骨と皮だけの、傷だらけの体。立つのも辛いけれど、だからといって逆らうと傷が増えるだけだ。
ぎゅうぎゅうとコルセットが絞められる。骨を折ろうとしているとしか思えない。コルセットで絞める肉など無いのだ。常に死と隣り合わせの空腹。人間は、これ以上細くなどなれないだろうに、メイドは嬉々としてコルセットの紐を引く。
痛がるのが楽しいのだろう。
もう泣きわめくことも、強い反応を示すことも無くなった。たぶん、それがつまらないのだ。
そんな体力も気力もなく、彼はふらふらと立っている。立っているだけで、めまいが酷い。ああ、お腹が空いた。彼の頭のなかにはそれしかない。何かを食べたのはいつだったかな。
安物の白いドレスを着付けられて、重さに倒れそうだった。
「では、参りましょう。」
重い足を引きずって、メイドの後に続いて歩く。もうろうとしてきた頃に、ようやく目的地に着いた。まぶしく明るい食堂には、王妃ノバラが座っている。良い匂いが漂って、腹がきゅう、と縮こまり空腹を訴えた。匂いの強いメニューを選んだに違いない。食べられなかった時の絶望を深めるために。
「ごきげんよう。」
ノバラの声がする。腹は痛み、頭は血が足りずにぼうっとして、コルセットで絞めあげられた骨が痛んで、満身創痍だ。何とか少し頭を下げようとするが、その前にメイドが、ばしんと尻を鞭で叩いた。必死で足を踏ん張る。倒れてしまっても別にいいのだが、条件反射とは恐ろしいものだ。倒れたら、更に怒られると体が覚えているのだろう。
「相変わらず、挨拶の一つもできないのね。」
頭は下げようとした。待ってくれなかっただけ。
食堂には、どんどんと良い匂いが漂って、口の端からよだれが垂れた。
「ほ、ほほほ。ほほほほほ。」
嬉しそうに、ノバラが笑う。きちんと口元を扇子で隠して。ここには、一人のメイドとノバラ、料理を運ぶ料理人見習いしかいないのに、上品な仕草は骨の髄まで染み込んでいるのだろうか。
今、自分に染み込まされているのは、何なのだろうなあ。彼はぼんやり考える。奴隷根性?食べ物への執着心?人であることをやめること?
「さもしいこと。」
いつ食べ物を食べられるか分からず、死にそうになっていれば、誰だってこうなると思う。良い匂いだけ嗅がせて、食べさせる気などないのだから。
ノバラは、扇子を閉じて下に振った。メイドが椅子を引く。座れということだろう。
座れたのは嬉しいが、先ほど鞭で打たれた尻が痛い。一つだけ、わざわざ座面のクッションを外してある椅子は、全く肉の無い尻には固くて痛くて、姿勢を正すのも難しかった。
机に、スープが置かれる。とろみのあるコーンスープだろう。なんていい匂い。
「お食べなさい。」
ここで、涙ぐんで喜んでいたのは遠い昔だ。だって、結局食べられたことなんてほとんど無い。
スプーンを手に持つ。今日は、どこまでこの茶番はあるのかな。本当は、もうすごい勢いで止められる間もなく飲んでしまいたい。けれど、心身に染み込まされた恐怖はそれを実行出来ず、震える手でスプーンをコーンスープに入れた。かちり、と皿にスプーンが当たった。
ばしん、と手に鞭が飛ぶ。
こうなることはとっくに知っていた。
「食事の時に、音を立ててはいけません。」
音を立てない食事の見本を、是非見せてほしいものだ。一口でも食べた方が、後の堪えが効かなくなるから、食べる前にスプーンを落とされたのは良かったのかもしれない。ぼんやりとした頭でそんなことを考える。
ああ、お腹が空いた。
「返事もしないのね。お人形かしら。」
返事なんてできない。喉を潰して話せなくしたのは、ノバラだ。くらくらと頭が揺れる。体を動かすと、コルセットがみしみしと骨を攻撃した。
死ぬ前に、このスープを飲んでやろう。
そうだ。どうせ死ぬのなら、そうしよう。
鞭で打たれて痛む手で、皿をがっと掴んだ。左手は無事だからしっかりと持ち上げられる。メイドとノバラが唖然としている間に、コーンスープを口に当てて傾けた。
とろりとしたスープは、適度に冷めていてごくごくと喉を通っていく。身体中が歓喜の声を上げているようだった。
美味しい。美味しい!
食べさせる気のない食事は、こんなに美味しいのか。死なないように渡される食べ物は、何の味もないスープと固くて噛めないパンのようなものなのに。
とろみのあるコーンスープだったお陰で、むせずに全て飲むことができた。ああ、できれば、手の届かない真ん中に置いてある白いふわふわパンも食べたかった。
狂ったように背中に打たれる鞭の痛みで意識を手放しながら、そう思った。
メイドの声が聞こえて、彼がどう反応しようと関係なく下着一枚に剥かれる。十三歳の男なのに、女であるメイドは何とも思っていないようだった。ほとんど骨と皮だけの、傷だらけの体。立つのも辛いけれど、だからといって逆らうと傷が増えるだけだ。
ぎゅうぎゅうとコルセットが絞められる。骨を折ろうとしているとしか思えない。コルセットで絞める肉など無いのだ。常に死と隣り合わせの空腹。人間は、これ以上細くなどなれないだろうに、メイドは嬉々としてコルセットの紐を引く。
痛がるのが楽しいのだろう。
もう泣きわめくことも、強い反応を示すことも無くなった。たぶん、それがつまらないのだ。
そんな体力も気力もなく、彼はふらふらと立っている。立っているだけで、めまいが酷い。ああ、お腹が空いた。彼の頭のなかにはそれしかない。何かを食べたのはいつだったかな。
安物の白いドレスを着付けられて、重さに倒れそうだった。
「では、参りましょう。」
重い足を引きずって、メイドの後に続いて歩く。もうろうとしてきた頃に、ようやく目的地に着いた。まぶしく明るい食堂には、王妃ノバラが座っている。良い匂いが漂って、腹がきゅう、と縮こまり空腹を訴えた。匂いの強いメニューを選んだに違いない。食べられなかった時の絶望を深めるために。
「ごきげんよう。」
ノバラの声がする。腹は痛み、頭は血が足りずにぼうっとして、コルセットで絞めあげられた骨が痛んで、満身創痍だ。何とか少し頭を下げようとするが、その前にメイドが、ばしんと尻を鞭で叩いた。必死で足を踏ん張る。倒れてしまっても別にいいのだが、条件反射とは恐ろしいものだ。倒れたら、更に怒られると体が覚えているのだろう。
「相変わらず、挨拶の一つもできないのね。」
頭は下げようとした。待ってくれなかっただけ。
食堂には、どんどんと良い匂いが漂って、口の端からよだれが垂れた。
「ほ、ほほほ。ほほほほほ。」
嬉しそうに、ノバラが笑う。きちんと口元を扇子で隠して。ここには、一人のメイドとノバラ、料理を運ぶ料理人見習いしかいないのに、上品な仕草は骨の髄まで染み込んでいるのだろうか。
今、自分に染み込まされているのは、何なのだろうなあ。彼はぼんやり考える。奴隷根性?食べ物への執着心?人であることをやめること?
「さもしいこと。」
いつ食べ物を食べられるか分からず、死にそうになっていれば、誰だってこうなると思う。良い匂いだけ嗅がせて、食べさせる気などないのだから。
ノバラは、扇子を閉じて下に振った。メイドが椅子を引く。座れということだろう。
座れたのは嬉しいが、先ほど鞭で打たれた尻が痛い。一つだけ、わざわざ座面のクッションを外してある椅子は、全く肉の無い尻には固くて痛くて、姿勢を正すのも難しかった。
机に、スープが置かれる。とろみのあるコーンスープだろう。なんていい匂い。
「お食べなさい。」
ここで、涙ぐんで喜んでいたのは遠い昔だ。だって、結局食べられたことなんてほとんど無い。
スプーンを手に持つ。今日は、どこまでこの茶番はあるのかな。本当は、もうすごい勢いで止められる間もなく飲んでしまいたい。けれど、心身に染み込まされた恐怖はそれを実行出来ず、震える手でスプーンをコーンスープに入れた。かちり、と皿にスプーンが当たった。
ばしん、と手に鞭が飛ぶ。
こうなることはとっくに知っていた。
「食事の時に、音を立ててはいけません。」
音を立てない食事の見本を、是非見せてほしいものだ。一口でも食べた方が、後の堪えが効かなくなるから、食べる前にスプーンを落とされたのは良かったのかもしれない。ぼんやりとした頭でそんなことを考える。
ああ、お腹が空いた。
「返事もしないのね。お人形かしら。」
返事なんてできない。喉を潰して話せなくしたのは、ノバラだ。くらくらと頭が揺れる。体を動かすと、コルセットがみしみしと骨を攻撃した。
死ぬ前に、このスープを飲んでやろう。
そうだ。どうせ死ぬのなら、そうしよう。
鞭で打たれて痛む手で、皿をがっと掴んだ。左手は無事だからしっかりと持ち上げられる。メイドとノバラが唖然としている間に、コーンスープを口に当てて傾けた。
とろりとしたスープは、適度に冷めていてごくごくと喉を通っていく。身体中が歓喜の声を上げているようだった。
美味しい。美味しい!
食べさせる気のない食事は、こんなに美味しいのか。死なないように渡される食べ物は、何の味もないスープと固くて噛めないパンのようなものなのに。
とろみのあるコーンスープだったお陰で、むせずに全て飲むことができた。ああ、できれば、手の届かない真ん中に置いてある白いふわふわパンも食べたかった。
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