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60 新しい生活
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突然の訪問にも関わらず、ベルナール伯爵夫人は手早くリュシルを引き取った。
大急ぎで侍女を数人呼び、風呂の準備をさせる。服と下着の手配もして、温かいスープを作らせた。リュシルの好物のフルーツタルトまで注文してから、ほっと一息つく。
「トマ、お待たせ。リュシルちゃんはもう大丈夫よ。」
客間に待たせていたトマに声をかけると、対面のソファに腰を下ろした。
「ありがとうございます、ベルナール伯爵夫人。」
トマは一度立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「よく連れてきてくれたわ。ありがとう。本当に、ありがとう。」
「……厚かましいお願いなのですが、しばらくリュシルはここに置いてもよろしいでしょうか。あの、俺の勝手な考えなのですが。」
「もちろん。……いえ、もう侍従に戻すわけにはいかないわ。」
「けれど、ブラン家へも戻れないのです。」
トマは、昨日の一件をセリーヌ・ベルナールに語ってきかせた。リュシル・ブランは、学園を退学したこと。ブラン家とは絶縁したこと。
「侍従でなくなったら、リュシルは学園に通えなくなってしまう。」
トマの言葉にセリーヌは難しい顔で頷いた。考え込んでいる風なのでトマは黙って出された紅茶を飲む。
扉がノックされて、奥様、終わりました、と侍女の声がした。
「入って。」
セリーヌの声に、体格の良い侍女がリュシルを抱いて入室してくる。リュシルは侍女にくったりと身を預けて、目を閉じていた。
「リュシルちゃん、スープを飲んだらベッドで休んでいいからね。」
リュシルは目を閉じたまま首を横に振る。意識はあるようだ。
「スープを飲み干すまで、休ませてあげない。体を作るのは食べ物なの。食べないと力が出ない。殿下とリュシルちゃんは、そのことをもっと頭に入れておかないといけないわ。」
リュシルはトマに抱き渡されて、トマの介添えでノルマ分のスープをしぶしぶ飲んだ。トマは、孤児院で年下の子どもたちのお世話をしていたので、とても上手に全てを食べさせる。大した量では無かったが、はい、よろしい、とセリーヌが言う頃には、リュシルはもう口を開く気力も無かった。目は、見えないことを示すために閉じたままなので、そのままうつらうつらとし始める。
一部始終を考え事をしながら見ていたセリーヌは、決めた、と手を打った。
「トマ、ご苦労様。今日はありがとう。貴方が殿下のもとに居てくれて本当に良かった。」
準備させていた客室のベッドにトマがリュシルを寝かせると、いつもの笑顔で言う。
「シリル殿下に伝えてください。リュシルは令嬢に戻ります。強くなって迎えにいらして、と。」
そのまま学年変わりの休みをベルナール家で過ごしたリュシルは、リュシル・ベルナール伯爵令嬢として、学園の三年生に編入した。
編入試験がほとんど満点だったらしい、と噂の小さな令嬢の回りに、令嬢たちが群がってくる。
「ベルナール、ということは近衛騎士隊長のご親戚ですの?」
「いえ、その、義父です。」
「ベルナール家はご子息しかいらっしゃらないはずですけど、お母様が違いますの?」
「あ、いえ、養女です。」
「素敵なお兄様が三人もいらっしゃって羨ましいわ。」
「お勉強はどちらで?」
「とうして、三年生から編入ですの?」
「筆入れがずいぶんくたびれて、色も殿方の持ち物みたいだわ。」
「義兄の物を頂いたので。」
「きゃー、素敵。」
大して返事をしなくても、話はぽんぽん進んでいくらしい。
戸惑いながらも、女子クラスは新鮮だった。
授業は、午前中は男子クラスではもう一年生で終わった内容をのんびりと進めていて、午後からは、ダンスのレッスンやお茶会の作法を学ぶらしい。
問題は午後だと気合いを入れる。昼ごはんは、誘ってくれる令嬢はたくさんいたが、侍従をして稼いだ給料を一年間の食費にしようと思っているリュシルが、食堂ならご一緒します、と言ったら、未知のものを見る目で皆離れていった。
幾分ほっとして食堂へ向かうと、メニューを選ぶふりをしていたシリルがすっと近寄り、貴賓室、と呟いて離れていった。
久しぶりのシリルの声に嬉しくなりながら、サンドイッチとスープを持って貴賓室へ向かう。すっかりシリルの冷たい対応が知れ渡り、貴賓室周辺はそんなに人気がなく、すんなり入ることができた。
入室したリュシルを、全員がまじまじと見ている。
「あの……、ごきげんよう。」
両手が塞がっているので、膝だけ曲げて軽く頭を下げてみる。
「リュカ……?」
コンスタンの声がした。
「あ、はい。今はリュシル・ベルナールでございます。よろしくお願い致します。」
いつものシリルの隣の席に料理を置くと、えええええー、とジャンの大声が響いた。
「え?リュカ?」
「はい。」
シリルがうるさそうにジャンを見やると、また扉がノックされた。
もう部屋の中には、シリル、ジュスト、ジャン、コンスタン、エクトル、そしてリュカ改めリュシルが揃っている。首を傾げる皆を他所にシリルが、入れ、と言った。
立っていたのは、日替わり定食を持った男子クラスの編入生。
編入したてで、朝から回りに人が群がっていたので、あまり顔も見ていなかった。顔をまじまじと見たジャンが、ああ!と悲鳴を上げた。
編入生が慌てて近寄り、ジャンの口を塞ぐ。髪型も、髪の色も変えてあるけれど、間違えるものか。ジャンの目にみるみる涙がたまって零れた。
「シャルル殿下……。」
大急ぎで侍女を数人呼び、風呂の準備をさせる。服と下着の手配もして、温かいスープを作らせた。リュシルの好物のフルーツタルトまで注文してから、ほっと一息つく。
「トマ、お待たせ。リュシルちゃんはもう大丈夫よ。」
客間に待たせていたトマに声をかけると、対面のソファに腰を下ろした。
「ありがとうございます、ベルナール伯爵夫人。」
トマは一度立ち上がり、丁寧に頭を下げる。
「よく連れてきてくれたわ。ありがとう。本当に、ありがとう。」
「……厚かましいお願いなのですが、しばらくリュシルはここに置いてもよろしいでしょうか。あの、俺の勝手な考えなのですが。」
「もちろん。……いえ、もう侍従に戻すわけにはいかないわ。」
「けれど、ブラン家へも戻れないのです。」
トマは、昨日の一件をセリーヌ・ベルナールに語ってきかせた。リュシル・ブランは、学園を退学したこと。ブラン家とは絶縁したこと。
「侍従でなくなったら、リュシルは学園に通えなくなってしまう。」
トマの言葉にセリーヌは難しい顔で頷いた。考え込んでいる風なのでトマは黙って出された紅茶を飲む。
扉がノックされて、奥様、終わりました、と侍女の声がした。
「入って。」
セリーヌの声に、体格の良い侍女がリュシルを抱いて入室してくる。リュシルは侍女にくったりと身を預けて、目を閉じていた。
「リュシルちゃん、スープを飲んだらベッドで休んでいいからね。」
リュシルは目を閉じたまま首を横に振る。意識はあるようだ。
「スープを飲み干すまで、休ませてあげない。体を作るのは食べ物なの。食べないと力が出ない。殿下とリュシルちゃんは、そのことをもっと頭に入れておかないといけないわ。」
リュシルはトマに抱き渡されて、トマの介添えでノルマ分のスープをしぶしぶ飲んだ。トマは、孤児院で年下の子どもたちのお世話をしていたので、とても上手に全てを食べさせる。大した量では無かったが、はい、よろしい、とセリーヌが言う頃には、リュシルはもう口を開く気力も無かった。目は、見えないことを示すために閉じたままなので、そのままうつらうつらとし始める。
一部始終を考え事をしながら見ていたセリーヌは、決めた、と手を打った。
「トマ、ご苦労様。今日はありがとう。貴方が殿下のもとに居てくれて本当に良かった。」
準備させていた客室のベッドにトマがリュシルを寝かせると、いつもの笑顔で言う。
「シリル殿下に伝えてください。リュシルは令嬢に戻ります。強くなって迎えにいらして、と。」
そのまま学年変わりの休みをベルナール家で過ごしたリュシルは、リュシル・ベルナール伯爵令嬢として、学園の三年生に編入した。
編入試験がほとんど満点だったらしい、と噂の小さな令嬢の回りに、令嬢たちが群がってくる。
「ベルナール、ということは近衛騎士隊長のご親戚ですの?」
「いえ、その、義父です。」
「ベルナール家はご子息しかいらっしゃらないはずですけど、お母様が違いますの?」
「あ、いえ、養女です。」
「素敵なお兄様が三人もいらっしゃって羨ましいわ。」
「お勉強はどちらで?」
「とうして、三年生から編入ですの?」
「筆入れがずいぶんくたびれて、色も殿方の持ち物みたいだわ。」
「義兄の物を頂いたので。」
「きゃー、素敵。」
大して返事をしなくても、話はぽんぽん進んでいくらしい。
戸惑いながらも、女子クラスは新鮮だった。
授業は、午前中は男子クラスではもう一年生で終わった内容をのんびりと進めていて、午後からは、ダンスのレッスンやお茶会の作法を学ぶらしい。
問題は午後だと気合いを入れる。昼ごはんは、誘ってくれる令嬢はたくさんいたが、侍従をして稼いだ給料を一年間の食費にしようと思っているリュシルが、食堂ならご一緒します、と言ったら、未知のものを見る目で皆離れていった。
幾分ほっとして食堂へ向かうと、メニューを選ぶふりをしていたシリルがすっと近寄り、貴賓室、と呟いて離れていった。
久しぶりのシリルの声に嬉しくなりながら、サンドイッチとスープを持って貴賓室へ向かう。すっかりシリルの冷たい対応が知れ渡り、貴賓室周辺はそんなに人気がなく、すんなり入ることができた。
入室したリュシルを、全員がまじまじと見ている。
「あの……、ごきげんよう。」
両手が塞がっているので、膝だけ曲げて軽く頭を下げてみる。
「リュカ……?」
コンスタンの声がした。
「あ、はい。今はリュシル・ベルナールでございます。よろしくお願い致します。」
いつものシリルの隣の席に料理を置くと、えええええー、とジャンの大声が響いた。
「え?リュカ?」
「はい。」
シリルがうるさそうにジャンを見やると、また扉がノックされた。
もう部屋の中には、シリル、ジュスト、ジャン、コンスタン、エクトル、そしてリュカ改めリュシルが揃っている。首を傾げる皆を他所にシリルが、入れ、と言った。
立っていたのは、日替わり定食を持った男子クラスの編入生。
編入したてで、朝から回りに人が群がっていたので、あまり顔も見ていなかった。顔をまじまじと見たジャンが、ああ!と悲鳴を上げた。
編入生が慌てて近寄り、ジャンの口を塞ぐ。髪型も、髪の色も変えてあるけれど、間違えるものか。ジャンの目にみるみる涙がたまって零れた。
「シャルル殿下……。」
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