55 / 61
55 生きている意味はここにある
しおりを挟む
目が覚めてすぐに、リュシルを見つけた。潤んだように見える大きな目が、シリルを見ていた。ああ。シリルは息を吐いて、見つめ返す。
「殿下。ご気分は?」
手を握ったままでリュシルは尋ねた。ほとんど無意識で握っているのだろう。シリルは、細い指を握り返しながら薄く笑った。
「今、良くなった。」
「お水を持って参ります。」
少し声が掠れていることに気付いたリュシルが立ち上がろうとするのを握った手を引いて止める。
「いいから、もう少しこのままで。」
「……はい。」
外は暗くなっている。だいぶ寝ていたようだ。リュシルの細い指を撫でながらぼんやりしていると、何が不安だったのか分からなくなってくる。
「夕食は食べた?」
きっと、ずっとここにいたのだろう、と分かっていても聞いてしまう。
「いいえ。まだです、殿下。」
「一緒に食べようか。」
「はい。」
この簡単なやり取りが、シリルの食事には大切なことなのだと、しみじみ思う。けれど。
体を起こしたシリルは、握った手を引いてリュシルを抱き締めた。
「……令嬢として学園に通えるのは、あと一年だけ。」
「……?」
「このままでは、リュシル・ブランが学園を卒業できない。令嬢としてのダンスの練習もお茶会の練習も、女友達との時間も、私がすべて奪ってしまった……。すまない、リュシル。学園の最後の一年をリュシル・ブランに戻してあげたかったのだけれど。」
リュシルは黙って首を横に振る。
「私は、リュシルがいないと駄目なのだ。お茶会にも出ることのできない臆病者だ。」
「私は、殿下のお役に立てて嬉しい。私にもできることがあるのだと、生きていていいのだと思えます。学園も、楽しいです。これでいいのです。」
「リュシル・ブランとしての君を……。」
「二年間いなかったリュシル・ブランを誰か探しましたでしょうか。訪ねてきたでしょうか?いませんでした。だから、もういいのです。」
シリルは息を飲んで、リュシルから少し体を離し、顔を見た。リュシルは、特に悲しんでいるわけでも無かった。母は、彼女のたった一人の家族は死んでしまった。一人で生きていくのは大変だったし、もう死にかけていた。
それを救って側に置いてくれたシリル殿下。
「殿下をお守りします。お側におります。私の生きている意味は、ここにある。」
ありがとう、と呟いてシリルはもう一度リュシルを抱き締めた。
マクシムとバジルは、ちょうどダニエル・ブラン子爵との話を終えてシリルの部屋に戻って来たところだった。
すまない、とのシリルの声が聞こえて、侍従控え室からそっと扉を開けて様子を伺っていた。
二年間いなかったリュシル・ブランを誰か探しましたでしょうか、とリュシルが言う。二人は顔を見合わせた。あの父親は、こちらがリュシルの名前を出してもなお、首を傾げていた。いないことを知らなかった。怒りが、ふつふつと湧いてくる。リュシルは何も言わずにいたが、心を痛めていたのだろうか。休学していることに家族が気付いていないことを、どう思っていたのだろう。
私の生きている意味は、ここにある。
力強い宣言が聞こえて、マクシムとバジルは目を見開いた。リュシルは見つけたのだ、大切なものを。その命の使いどころを。
マクシムは思った。シリル殿下を助けてくれるあの小さな命を、私はきっと守ろう。
バジルは思った。シリル殿下にもリュシルにも、美味しいものをたくさん食わして、長生きしてもらおう。
二人が健やかに大人になれるように、きっと側にいよう。自分の生きている意味は、ここにあるに違いない。
「殿下。ご気分は?」
手を握ったままでリュシルは尋ねた。ほとんど無意識で握っているのだろう。シリルは、細い指を握り返しながら薄く笑った。
「今、良くなった。」
「お水を持って参ります。」
少し声が掠れていることに気付いたリュシルが立ち上がろうとするのを握った手を引いて止める。
「いいから、もう少しこのままで。」
「……はい。」
外は暗くなっている。だいぶ寝ていたようだ。リュシルの細い指を撫でながらぼんやりしていると、何が不安だったのか分からなくなってくる。
「夕食は食べた?」
きっと、ずっとここにいたのだろう、と分かっていても聞いてしまう。
「いいえ。まだです、殿下。」
「一緒に食べようか。」
「はい。」
この簡単なやり取りが、シリルの食事には大切なことなのだと、しみじみ思う。けれど。
体を起こしたシリルは、握った手を引いてリュシルを抱き締めた。
「……令嬢として学園に通えるのは、あと一年だけ。」
「……?」
「このままでは、リュシル・ブランが学園を卒業できない。令嬢としてのダンスの練習もお茶会の練習も、女友達との時間も、私がすべて奪ってしまった……。すまない、リュシル。学園の最後の一年をリュシル・ブランに戻してあげたかったのだけれど。」
リュシルは黙って首を横に振る。
「私は、リュシルがいないと駄目なのだ。お茶会にも出ることのできない臆病者だ。」
「私は、殿下のお役に立てて嬉しい。私にもできることがあるのだと、生きていていいのだと思えます。学園も、楽しいです。これでいいのです。」
「リュシル・ブランとしての君を……。」
「二年間いなかったリュシル・ブランを誰か探しましたでしょうか。訪ねてきたでしょうか?いませんでした。だから、もういいのです。」
シリルは息を飲んで、リュシルから少し体を離し、顔を見た。リュシルは、特に悲しんでいるわけでも無かった。母は、彼女のたった一人の家族は死んでしまった。一人で生きていくのは大変だったし、もう死にかけていた。
それを救って側に置いてくれたシリル殿下。
「殿下をお守りします。お側におります。私の生きている意味は、ここにある。」
ありがとう、と呟いてシリルはもう一度リュシルを抱き締めた。
マクシムとバジルは、ちょうどダニエル・ブラン子爵との話を終えてシリルの部屋に戻って来たところだった。
すまない、とのシリルの声が聞こえて、侍従控え室からそっと扉を開けて様子を伺っていた。
二年間いなかったリュシル・ブランを誰か探しましたでしょうか、とリュシルが言う。二人は顔を見合わせた。あの父親は、こちらがリュシルの名前を出してもなお、首を傾げていた。いないことを知らなかった。怒りが、ふつふつと湧いてくる。リュシルは何も言わずにいたが、心を痛めていたのだろうか。休学していることに家族が気付いていないことを、どう思っていたのだろう。
私の生きている意味は、ここにある。
力強い宣言が聞こえて、マクシムとバジルは目を見開いた。リュシルは見つけたのだ、大切なものを。その命の使いどころを。
マクシムは思った。シリル殿下を助けてくれるあの小さな命を、私はきっと守ろう。
バジルは思った。シリル殿下にもリュシルにも、美味しいものをたくさん食わして、長生きしてもらおう。
二人が健やかに大人になれるように、きっと側にいよう。自分の生きている意味は、ここにあるに違いない。
72
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説

思い出してしまったのです
月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。
妹のルルだけが特別なのはどうして?
婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの?
でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。
愛されないのは当然です。
だって私は…。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。
悪役令嬢のビフォーアフター
すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。
腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ!
とりあえずダイエットしなきゃ!
そんな中、
あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・
そんな私に新たに出会いが!!
婚約者さん何気に嫉妬してない?

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。


魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる