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50 美味しい日替わり定食
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休み明けの学園は、シリルにとって授業中しか気の休まることのない場所となっていた。
休憩時間の度に、男女問わず高位貴族の子息、令嬢がやってきては、話しかけてくる。今まで、節度を持ってシャルルに声をかけていた彼らであったが、元王妃や、その実家のメルシエ公爵のような分かりやすい後ろ楯を持たないシリルには何の遠慮もなく、それどころか後ろ楯になってやるから側に置けとばかりにやってくる。
昼休み、貴賓室に逃げ込んだ頃には、ぐったりと疲れはてていた。
注文して持ち運んできた料理は机に置いたまま、ソファでリュシルをぎゅうぎゅう抱き締めている。いつもされるがままのリュシルだが、流石に戸惑った表情をしていた。
ノックの音がしても動かないので、二人のことは気にせず、一人で食事をしようとしていたジュストが返事をする。
「ジャンです。」
と聞こえて、慌ててドアを開けた。朝からずっと話したそうにしていたが、近寄ることができなかったのだ。
ジャンは手ぶらで入ってきた。食事は?と聞くと、すっかり忘れていたらしい。侍従を連れていたので、日替わり定食を買ってくるよう頼んで、中に入れる。貴賓室を遠巻きにするように、たくさんの生徒が様子を伺っていた。
「シャルル殿下、シャルル殿下の容態は?」
ジャンはジュストに掴みかかった。ずっと、それだけが気にかかっていたが、手紙を出しても返事は無く、父や母に聞いても、分からないと言うばかりだった。ジャンはシャルルの側近候補であったし、実家の侯爵家はメルシエ公爵の派閥であったので、落ち目の派閥から抜け出すのに忙しかったのだ。もういないシャルルのことを気にする大人は、どこにもいなかった。
「あー、えっと。」
ジュストは、宰相補佐として仕事をしていたし、シリルと城での食事をしょっちゅう共にしていたので、事情を知っている数少ない一人だった。だが、迂闊なことは言えない。
「シリル殿下。」
ソファでリュシルを抱き締めたまま動かないシリルを呼ぶ。
しぶしぶ離れたシリルはジャンに手招きした。
「内緒話するから座って。」
ソファにおずおずと腰を下ろしたジャンに耳を近付けた。
「連絡できなくてごめん。シャルルの体は元気。」
ああ、とジャンが呟くのを聞いて、シリルは頬を緩めた。
「シャルルを心配してくれてありがとう、ジャン。シャルルが元気なことは誰にも言わないで。」
目に涙を溜めながらジャンは頷く。重体との発表の後、何の情報もなく、どこにいるのかも分からず、ただただ心配して休みを過ごしたのだ。
「心配してると思ったから、ジャンにだけは連絡したかったんだけど。」
申し訳なさそうにシリルは言った。
そこへジャンの食事が届いて口をつぐむ。
「食べましょう。お腹が空いていたら元気が出ませんからね。」
ジュストの声に机に移動する。
「この部屋へ来るのも大変だったでしょう、ジャン様。」
「ああ、大変だった。すごい目で睨まれたし、シャルル殿下がいなくなったらすぐにシリル殿下の所へ行くなんて、とか聞こえてたし。」
「もともとここで食べてたのに。」
「ジュストは大丈夫なのか。」
「今のところ、何とも。警戒することもないと思われているのでしょう。存在に気付かれていなかったりして。」
「そんなわけないよ。なるべく殿下の護衛の側から離れないようにしろよ。」
ジャンはやはり、信用に足る。シリルは二人の会話を聞きながら思った。
「明日からも、ここへ来てくれるか、ジャン。」
ジャンは驚いて目を見開く。
「私のことが嫌なら諦めるが、もし嫌でないなら、一緒に食事くらいしよう。できれば、コンスタンも連れてきてくれ。休み前に家に帰りづらいと言っていたのに力になれず、気になっていた。」
ジャンはうつむいて、そのまま頷く。他の人にどう取られようと関係ない。大好きなシャルル殿下の、大切な兄上。俺も、大切にしよう。シャルル殿下が戻ってきたとき、喜んでもらえるように。共に、力になれるように。
休みの間の胸のつかえがとれて、安い日替わり定食はとても美味しかった。
休憩時間の度に、男女問わず高位貴族の子息、令嬢がやってきては、話しかけてくる。今まで、節度を持ってシャルルに声をかけていた彼らであったが、元王妃や、その実家のメルシエ公爵のような分かりやすい後ろ楯を持たないシリルには何の遠慮もなく、それどころか後ろ楯になってやるから側に置けとばかりにやってくる。
昼休み、貴賓室に逃げ込んだ頃には、ぐったりと疲れはてていた。
注文して持ち運んできた料理は机に置いたまま、ソファでリュシルをぎゅうぎゅう抱き締めている。いつもされるがままのリュシルだが、流石に戸惑った表情をしていた。
ノックの音がしても動かないので、二人のことは気にせず、一人で食事をしようとしていたジュストが返事をする。
「ジャンです。」
と聞こえて、慌ててドアを開けた。朝からずっと話したそうにしていたが、近寄ることができなかったのだ。
ジャンは手ぶらで入ってきた。食事は?と聞くと、すっかり忘れていたらしい。侍従を連れていたので、日替わり定食を買ってくるよう頼んで、中に入れる。貴賓室を遠巻きにするように、たくさんの生徒が様子を伺っていた。
「シャルル殿下、シャルル殿下の容態は?」
ジャンはジュストに掴みかかった。ずっと、それだけが気にかかっていたが、手紙を出しても返事は無く、父や母に聞いても、分からないと言うばかりだった。ジャンはシャルルの側近候補であったし、実家の侯爵家はメルシエ公爵の派閥であったので、落ち目の派閥から抜け出すのに忙しかったのだ。もういないシャルルのことを気にする大人は、どこにもいなかった。
「あー、えっと。」
ジュストは、宰相補佐として仕事をしていたし、シリルと城での食事をしょっちゅう共にしていたので、事情を知っている数少ない一人だった。だが、迂闊なことは言えない。
「シリル殿下。」
ソファでリュシルを抱き締めたまま動かないシリルを呼ぶ。
しぶしぶ離れたシリルはジャンに手招きした。
「内緒話するから座って。」
ソファにおずおずと腰を下ろしたジャンに耳を近付けた。
「連絡できなくてごめん。シャルルの体は元気。」
ああ、とジャンが呟くのを聞いて、シリルは頬を緩めた。
「シャルルを心配してくれてありがとう、ジャン。シャルルが元気なことは誰にも言わないで。」
目に涙を溜めながらジャンは頷く。重体との発表の後、何の情報もなく、どこにいるのかも分からず、ただただ心配して休みを過ごしたのだ。
「心配してると思ったから、ジャンにだけは連絡したかったんだけど。」
申し訳なさそうにシリルは言った。
そこへジャンの食事が届いて口をつぐむ。
「食べましょう。お腹が空いていたら元気が出ませんからね。」
ジュストの声に机に移動する。
「この部屋へ来るのも大変だったでしょう、ジャン様。」
「ああ、大変だった。すごい目で睨まれたし、シャルル殿下がいなくなったらすぐにシリル殿下の所へ行くなんて、とか聞こえてたし。」
「もともとここで食べてたのに。」
「ジュストは大丈夫なのか。」
「今のところ、何とも。警戒することもないと思われているのでしょう。存在に気付かれていなかったりして。」
「そんなわけないよ。なるべく殿下の護衛の側から離れないようにしろよ。」
ジャンはやはり、信用に足る。シリルは二人の会話を聞きながら思った。
「明日からも、ここへ来てくれるか、ジャン。」
ジャンは驚いて目を見開く。
「私のことが嫌なら諦めるが、もし嫌でないなら、一緒に食事くらいしよう。できれば、コンスタンも連れてきてくれ。休み前に家に帰りづらいと言っていたのに力になれず、気になっていた。」
ジャンはうつむいて、そのまま頷く。他の人にどう取られようと関係ない。大好きなシャルル殿下の、大切な兄上。俺も、大切にしよう。シャルル殿下が戻ってきたとき、喜んでもらえるように。共に、力になれるように。
休みの間の胸のつかえがとれて、安い日替わり定食はとても美味しかった。
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