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47 リュシルの焦り
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リュシルは、シャルルの毒を早く体から取り除きたかった。腰の辺りに引っ掛かるようにして溜まっているそれが、気持ち悪くて仕方がない。視ているだけで、こんなに気分の悪いものを体に置いておいて良い筈がない。実際シャルルは、足が動かないと言っているのだ。
「シリル殿下。シャルル殿下のお身体を浄化させてください。」
一人になりたい、というシャルルの意思を尊重したシリルは、車椅子のシャルルを彼の部屋に送ると自室へ戻った。他に人のいないことを確認したリュシルが、シリルに訴える。
「リュシル。」
シリルも誰もいないことを確認して、女性名を呼ぶ。
「本人が望んでいない。もう少し待ってみよう。」
「寝ている間に治った、ということにしてはいけませんか?」
珍しくリュシルが食い下がるので、シリルは驚いてまじまじと顔を見る。
ソファに座って、おいで、と手招きした。素直に隣に腰掛ける男装の令嬢の手を取る。王妃の部屋ではずっと立ちっぱなしでいたので、体力の無い彼女は疲れたことだろう。
「私の長年溜まった毒を、あっという間に出してくれただろう?シャルルはたった一回だ。ほんの一日だ。そんなに急ぐこともないのでは?」
少しひんやりした小さな手を握り、目を合わせる。リュシルの、魔力で潤んだように光る目がしっかりと見返してきた。
「……そうなのですが。そうは思うのですが、何故かこう、嫌な感じがして。その、上手く伝えられないのですが。」
「うん。」
「その、留まっている場所が悪いというか、シャルル殿下の気、的なものが良くないというか、足が、このままでは本当に、その。」
「浄化しても動かなくなる?」
「そんな気がしてならないのです。」
そうか、とリュシルの手をふにふにと握りながらシリルは考えた。
シャルルは、罰を受けたがっているのだろう。いくら、知らなかった子どもに罪は無い、と言っても本人の気がすまないに違いない。
父だと思っていた人が父でなく、兄だと思っていた人が兄でなく、母の盛った毒で倒れた、という出来事だけで、充分に酷い目に合っていると思うのだが。
「あの、殿下?」
リュシルの声で我に返った。
「ああ、すまない。……父に相談しても良いだろうか?」
「はい、それはもちろん。」
シリルは、一回ぎゅっとリュシルを抱き締めてから、戻ってきたマクシムとリュシルと一緒に王の執務室へと向かった。
王は、執務室で一人、仕事中だった。正確には侍従と護衛の騎士が傍から離れることはないが、仕事を一人でするのは寂しいものである。最近は、シリルが傍で手伝ってくれたので、それにすっかり慣れていたようだ。
扉がノックされて、シリルです、と聞こえたときは、思わず頬が緩んでしまった。
「今日は、お手伝いできずすみません。少し相談したいことが。」
その言葉に、いそいそとソファへ移動する。侍従がすぐにお茶の準備を始めた。リュシルがすっと移動して、お手伝いすることはありませんか、と聞いている。
二人に紅茶が並べられると、父上と私とリュカで話がしたい、とシリルは言った。
侍従が頭をさげて出ていく。近衛騎士とマクシムもそれに倣った。
リュシルは、ソファの側でそっと立った。
「シャルルのことです。毒の影響で足が動かないことはお聞きになりましたか?」
「ああ、報告は受けている。」
「医師は、なんと報告を?」
「毒がどこに溜まっているか分からないが、長引けば足は萎えてこのまま動かなくなるだろうと言っていた。なるべく、マッサージなどして動かしていたら毒も抜けるかもしれないらしい。」
「……このリュカに、毒を視る力があることはご存知ですか?」
「ベルナールからの報告は読んだ。」
「浄化ができることは?」
「ああ。」
「リュカが言うのです。シャルルの毒は腰の辺りに溜まっていて、早く浄化しないと足は二度と動かなくなるのではないか、と。けれど、シャルルはそれを望んでいないようで。リュカは、寝ている間に浄化してしまって、治ったようだと言ってはどうか、との意見です。父上は、どう思われますか?」
「シャルルは、望んでいないのか。」
「先程まで王妃の部屋で話をしていたのですが、部屋へ行く前は、あの人に罪の証を見せたいと、車椅子で行くことを望みました。」
「ふむ、なるほど。」
「その、王妃の話の内容が衝撃的すぎて、私たちでは説明も難しいようなお話で。」
「……?」
「端的にいうと、お話全体はよく分からなかったのですが、シャルルが、父は誰かと聞いたときに、王妃は、そんなことは知らないと言ったのです。それがとてもショックだったようで。自分は何なのかが分からないと呆然としてしまって。とりあえず、一人になりたい、というので置いてきましたが、心配です。」
「なんということを言うのだ、あの女は。」
王は驚いて、腰を浮かした。
「その話は、シャルルと二人で聞きに?」
「ええ。マクシムとリュカも部屋にいましたが。」
子どもに何てことを。だが、今の議題はそれではない。王はソファに座り直し、紅茶を飲む。
「治そう。リュカの意見に賛成だ。動けなくなってからでは遅い。」
「シリル殿下。シャルル殿下のお身体を浄化させてください。」
一人になりたい、というシャルルの意思を尊重したシリルは、車椅子のシャルルを彼の部屋に送ると自室へ戻った。他に人のいないことを確認したリュシルが、シリルに訴える。
「リュシル。」
シリルも誰もいないことを確認して、女性名を呼ぶ。
「本人が望んでいない。もう少し待ってみよう。」
「寝ている間に治った、ということにしてはいけませんか?」
珍しくリュシルが食い下がるので、シリルは驚いてまじまじと顔を見る。
ソファに座って、おいで、と手招きした。素直に隣に腰掛ける男装の令嬢の手を取る。王妃の部屋ではずっと立ちっぱなしでいたので、体力の無い彼女は疲れたことだろう。
「私の長年溜まった毒を、あっという間に出してくれただろう?シャルルはたった一回だ。ほんの一日だ。そんなに急ぐこともないのでは?」
少しひんやりした小さな手を握り、目を合わせる。リュシルの、魔力で潤んだように光る目がしっかりと見返してきた。
「……そうなのですが。そうは思うのですが、何故かこう、嫌な感じがして。その、上手く伝えられないのですが。」
「うん。」
「その、留まっている場所が悪いというか、シャルル殿下の気、的なものが良くないというか、足が、このままでは本当に、その。」
「浄化しても動かなくなる?」
「そんな気がしてならないのです。」
そうか、とリュシルの手をふにふにと握りながらシリルは考えた。
シャルルは、罰を受けたがっているのだろう。いくら、知らなかった子どもに罪は無い、と言っても本人の気がすまないに違いない。
父だと思っていた人が父でなく、兄だと思っていた人が兄でなく、母の盛った毒で倒れた、という出来事だけで、充分に酷い目に合っていると思うのだが。
「あの、殿下?」
リュシルの声で我に返った。
「ああ、すまない。……父に相談しても良いだろうか?」
「はい、それはもちろん。」
シリルは、一回ぎゅっとリュシルを抱き締めてから、戻ってきたマクシムとリュシルと一緒に王の執務室へと向かった。
王は、執務室で一人、仕事中だった。正確には侍従と護衛の騎士が傍から離れることはないが、仕事を一人でするのは寂しいものである。最近は、シリルが傍で手伝ってくれたので、それにすっかり慣れていたようだ。
扉がノックされて、シリルです、と聞こえたときは、思わず頬が緩んでしまった。
「今日は、お手伝いできずすみません。少し相談したいことが。」
その言葉に、いそいそとソファへ移動する。侍従がすぐにお茶の準備を始めた。リュシルがすっと移動して、お手伝いすることはありませんか、と聞いている。
二人に紅茶が並べられると、父上と私とリュカで話がしたい、とシリルは言った。
侍従が頭をさげて出ていく。近衛騎士とマクシムもそれに倣った。
リュシルは、ソファの側でそっと立った。
「シャルルのことです。毒の影響で足が動かないことはお聞きになりましたか?」
「ああ、報告は受けている。」
「医師は、なんと報告を?」
「毒がどこに溜まっているか分からないが、長引けば足は萎えてこのまま動かなくなるだろうと言っていた。なるべく、マッサージなどして動かしていたら毒も抜けるかもしれないらしい。」
「……このリュカに、毒を視る力があることはご存知ですか?」
「ベルナールからの報告は読んだ。」
「浄化ができることは?」
「ああ。」
「リュカが言うのです。シャルルの毒は腰の辺りに溜まっていて、早く浄化しないと足は二度と動かなくなるのではないか、と。けれど、シャルルはそれを望んでいないようで。リュカは、寝ている間に浄化してしまって、治ったようだと言ってはどうか、との意見です。父上は、どう思われますか?」
「シャルルは、望んでいないのか。」
「先程まで王妃の部屋で話をしていたのですが、部屋へ行く前は、あの人に罪の証を見せたいと、車椅子で行くことを望みました。」
「ふむ、なるほど。」
「その、王妃の話の内容が衝撃的すぎて、私たちでは説明も難しいようなお話で。」
「……?」
「端的にいうと、お話全体はよく分からなかったのですが、シャルルが、父は誰かと聞いたときに、王妃は、そんなことは知らないと言ったのです。それがとてもショックだったようで。自分は何なのかが分からないと呆然としてしまって。とりあえず、一人になりたい、というので置いてきましたが、心配です。」
「なんということを言うのだ、あの女は。」
王は驚いて、腰を浮かした。
「その話は、シャルルと二人で聞きに?」
「ええ。マクシムとリュカも部屋にいましたが。」
子どもに何てことを。だが、今の議題はそれではない。王はソファに座り直し、紅茶を飲む。
「治そう。リュカの意見に賛成だ。動けなくなってからでは遅い。」
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