46 / 61
46 書記官の記録
しおりを挟む
部屋の外にいた書記官の記録は、速やかにマクシムが回収し、自ら近衛騎士隊長である父の元へ届けた。
ざっと目を通したアドルスは、暫く絶句した後、よくやった、と息子を褒めた。後は、こちらで預かろう、と息子を帰し、忙しいのを承知で宰相府へと赴く。
宰相補佐官を何とか捕まえて、記録を見せた。そんな暇はない、と睨んでくるモーリスは、目の下に濃い隈を作っている。
「忙しいのは分かっている。だが、頼む。読んでくれ。」
歳上の近衛隊長に頭を下げられては断れない。溜め息をついて、忙しい部屋の隅で立ったまま読み始める。そしてすぐに、もともと悪かった顔色は更に酷いこととなった。
「……これを、子ども達が聞いたのですか。」
「ああ。」
ふらり、とモーリスは目眩をおこして倒れそうになった。アドルスのたくましい腕が支える。
「すみません。どこかで座りましょう。」
モーリスはふらふらとどこかへ行こうとする。
「おい。」
アドルスが付いていった先は、宰相執務室であった。宰相が、椅子に座って何やら考え事をしている。書類は幾らか机に置いてあったが、手が動いている様子は無かった。
補佐官用の机には書類が山積みである。その隣の机では、ジュストがせっせと書類の仕分けをしていた。
もうひとつある補佐官用の机にも人がいて、やつれた顔で書類に何やら書き込んでいる。
「デュラン、この忙しい時にどこへ行っていたのだ。」
「私はいつも仕事をしております。」
「言い訳はよい。私は少し席を外すゆえ、お前はここにおるがよい。」
「はい。」
宰相は、アドルスのことは一瞥しただけであった。アドルスもただ頭をさげてやり過ごす。
静かに頭を下げていたモーリスは、宰相が部屋を出ると必死でソファにたどり着き、崩れるように座り込んだ。
「大丈夫か。そのまま横になれ。」
アドルスの言葉に頷き、素直に横になった。部屋にいた二人が驚いて目を向ける。
「デュラン様。あの。」
ジュストが、そっと声をかけてくる。
「すまない、ジュスト、レミ。君たちも休んでくれ。限界だ。」
モーリスの言葉に、補佐官補佐の二人が顔を見合わせる。
アドルスが立ち上がって頭を下げた。
「すまない、私が面倒な事を持ち込んだのだ。」
「ベルナール様?」
レミと呼ばれた補佐官補佐が慌てて立ち上がる。モーリスの信用できる数少ない文官の一人だった。まだ若い顔が、すっかりやつれている。
「そちらの子どもは?」
「ジュスト・クレマンと言います。父は子爵です。学園が休みの間の仕事を紹介してもらって手伝いをしています。」
「ほう。この仕事は、誰の紹介で?」
「シリル殿下の紹介です。」
へえ、とアドルスはジュストを眺めた。ちら、とモーリスの方を見たが、目を閉じてしまっていた。
「本当にすまない。」
ソファに座ったアドルスが言うと、いや、とモーリスの声が返ってくる。
「子どもにこんな話を聞かせてしまったことが、悔しい。情けない。早々に処理をするから、預けてくれて大丈夫だ。陛下にも、お伝えする。」
「すまない。任せる。」
何度も頭を下げて、アドルスは出ていった。
ざっと目を通したアドルスは、暫く絶句した後、よくやった、と息子を褒めた。後は、こちらで預かろう、と息子を帰し、忙しいのを承知で宰相府へと赴く。
宰相補佐官を何とか捕まえて、記録を見せた。そんな暇はない、と睨んでくるモーリスは、目の下に濃い隈を作っている。
「忙しいのは分かっている。だが、頼む。読んでくれ。」
歳上の近衛隊長に頭を下げられては断れない。溜め息をついて、忙しい部屋の隅で立ったまま読み始める。そしてすぐに、もともと悪かった顔色は更に酷いこととなった。
「……これを、子ども達が聞いたのですか。」
「ああ。」
ふらり、とモーリスは目眩をおこして倒れそうになった。アドルスのたくましい腕が支える。
「すみません。どこかで座りましょう。」
モーリスはふらふらとどこかへ行こうとする。
「おい。」
アドルスが付いていった先は、宰相執務室であった。宰相が、椅子に座って何やら考え事をしている。書類は幾らか机に置いてあったが、手が動いている様子は無かった。
補佐官用の机には書類が山積みである。その隣の机では、ジュストがせっせと書類の仕分けをしていた。
もうひとつある補佐官用の机にも人がいて、やつれた顔で書類に何やら書き込んでいる。
「デュラン、この忙しい時にどこへ行っていたのだ。」
「私はいつも仕事をしております。」
「言い訳はよい。私は少し席を外すゆえ、お前はここにおるがよい。」
「はい。」
宰相は、アドルスのことは一瞥しただけであった。アドルスもただ頭をさげてやり過ごす。
静かに頭を下げていたモーリスは、宰相が部屋を出ると必死でソファにたどり着き、崩れるように座り込んだ。
「大丈夫か。そのまま横になれ。」
アドルスの言葉に頷き、素直に横になった。部屋にいた二人が驚いて目を向ける。
「デュラン様。あの。」
ジュストが、そっと声をかけてくる。
「すまない、ジュスト、レミ。君たちも休んでくれ。限界だ。」
モーリスの言葉に、補佐官補佐の二人が顔を見合わせる。
アドルスが立ち上がって頭を下げた。
「すまない、私が面倒な事を持ち込んだのだ。」
「ベルナール様?」
レミと呼ばれた補佐官補佐が慌てて立ち上がる。モーリスの信用できる数少ない文官の一人だった。まだ若い顔が、すっかりやつれている。
「そちらの子どもは?」
「ジュスト・クレマンと言います。父は子爵です。学園が休みの間の仕事を紹介してもらって手伝いをしています。」
「ほう。この仕事は、誰の紹介で?」
「シリル殿下の紹介です。」
へえ、とアドルスはジュストを眺めた。ちら、とモーリスの方を見たが、目を閉じてしまっていた。
「本当にすまない。」
ソファに座ったアドルスが言うと、いや、とモーリスの声が返ってくる。
「子どもにこんな話を聞かせてしまったことが、悔しい。情けない。早々に処理をするから、預けてくれて大丈夫だ。陛下にも、お伝えする。」
「すまない。任せる。」
何度も頭を下げて、アドルスは出ていった。
70
お気に入りに追加
193
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。

元貧乏貴族の大公夫人、大富豪の旦那様に溺愛されながら人生を謳歌する!
楠ノ木雫
恋愛
貧乏な実家を救うための結婚だった……はずなのに!?
貧乏貴族に生まれたテトラは実は転生者。毎日身を粉にして領民達と一緒に働いてきた。だけど、この家には借金があり、借金取りである商会の商会長から結婚の話を出されてしまっている。彼らはこの貴族の爵位が欲しいらしいけれど、結婚なんてしたくない。
けれどとある日、奴らのせいで仕事を潰された。これでは生活が出来ない。絶体絶命だったその時、とあるお偉いさんが手紙を持ってきた。その中に書いてあったのは……この国の大公様との結婚話ですって!?
※他サイトにも投稿しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される
えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。
お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。
少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。
22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位
Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.
ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる