44 / 61
44 王の妃
しおりを挟む
シャルルもシリルもマクシムもリュシルも、耳を疑った。この人は今、なんと言った?
床に崩れて座り、ハンカチを目元に当てている姿は悲しみにくれていて、目の前にいて手助けもしない自分達が、ひどい目にあわせているかのような錯覚を起こさせる。
マクシムは、唖然としていた。何をしたと言うの、と言ったのか?毒を盛ってシリル殿下を殺そうとしたのじゃないのか。
そっと扉を開けて見張りの騎士を呼び、書記官を呼んで欲しいと伝えた。この人の言葉を、聞いただけで理解するのは難しい。気付かれないように記録できないだろうか。扉を少し開けたまま、着いたらそこで聞こえたことを記録して欲しいと伝えた。
そして、床に崩れて淑やかに泣いている王妃へ声をかける。
「失礼致します、王妃殿下。お椅子へお座りになられた方がよろしいかと存じます。ご不快でなければ、手をお貸ししてもよろしいでしょうか。」
潤んだ目をマクシムへ向けた王妃は、許す、と小さな声で言い、慣れた様子で手を差し出した。ソファへと導き座らせると、シャルルの車椅子を押してソファの向かい側に置く。シリルも、王妃の座った対面のソファに座り、リュシルは紅茶を用意し始めた。
しん、とした室内に、リュシルが紅茶を淹れる音だけが響く。王妃は顔を上げてそちらを見て、ひっ、と喉を引きつらせた。
「お、お前は何をしているの?」
「紅茶を淹れております。」
一度手を止めて、しっかりと頭を下げながらリュシルは答えた。そして再び作業に戻る。三つの紅茶を淹れると、シリルとシャルル、王妃の前に置いた。
「早く、早く下げて頂戴。わ、私を殺そうというの?」
がたがたと震えながら王妃は置かれた紅茶を見つめた。
「死神に紅茶を準備させるなんて、何を考えて……。ああシリル、そなたは私を殺そうとしているのか。」
シャルルとシリルは何も答えず、リュシルを見た。リュシルは、にこりと笑って頷く。シリルはそれに笑みを返し、美味しそうに紅茶を飲んだ。シャルルも、手を少し震わせながらも紅茶を持ち上げ、口をつける。
事前に、シリルからまじないをかけてもらっていなければ、しばらく紅茶は飲めなかったかもしれない。
シリルは言った。詳しく言えないけれど、リュカは毒を必ず見つける力を持っている。リュカが頷いたら、絶対にその食べ物や飲み物は大丈夫だから。私も先に口に入れるから、見てから口に入れるといい。
「美味しいですよ、母上。」
「シャルル、どうして。どうして飲めるの?毒で酷い目にあったばかりだというのに、また死神の手から出た紅茶を飲むなんて。私の渡したものしか食べてはいけないと、あの時も言ったのに、どうして母の言うことが聞けないの?」
「母上の指示した紅茶を飲んで酷い目にあったのです。母上に渡される食べ物は金輪際食べませんよ?」
「何を言っているのか分からないわ。とりあえず、これを下げて頂戴。毒が入っているかと思うと、恐ろしくて触れることもできない。」
「何故、そのように思うのか分かりませんが、毒が入っているかもしれない飲み物が身近に置かれている恐怖を味わって頂けたのなら幸いです。」
シリルは、この部屋に入って初めて口を開いた。
「貴女は、それを私に繰り返してきた。私はリュカと出会うまで、食べ物に味を感じることなどないくらいに恐怖してきましたよ。食べても食べなくても死ぬ。王宮で王子が飢え死に、なんて面白いですよね。」
「シリル。シャルルと私を殺して王太子になるの?そのために、毒を入れたの?」
「私は毒を使用したことなど、一度もありません。神に誓って。」
「……どうしてお前の足は動いていて、シャルルの足は動かないの?」
「それは、どういう意味ですか。」
「おかしいじゃない?たった一回で。」
「私には何回も何回も毒を盛ったのに?」
「いいえ。私は紅茶を淹れたりできません。どうやって盛れるというの?」
「では、何がおかしいのですか?」
王妃の言っていることは、まったく支離滅裂だった。
「……どうして。どうして私はこんな目にばかりあうのかしら。」
ぶつぶつと呟き始める声に全員で耳をすます。
「王の妃となるために小さな頃から頑張ってきたのに、突然、王となるはずの婚約者の足が動かなくなった、王族でもなくなったといわれたあの日から、私の人生は狂ってしまった。王が違う方なのなら、その方と私が一緒になればよいだけの話なのに、皆もそれでよいと言うのに、王はもう妻がいると言う。何の努力もしておらぬ身分の低い女など、追い出してしまえばよいだけではないか。子どもができたとて、それが何だというのです?私がいれば、子どももできる。その女もその女の子どもも邪魔でしかない。早く排除することこそ、国のため、王のため。私が王の妃であり、私の子が王の子なのだから。」
床に崩れて座り、ハンカチを目元に当てている姿は悲しみにくれていて、目の前にいて手助けもしない自分達が、ひどい目にあわせているかのような錯覚を起こさせる。
マクシムは、唖然としていた。何をしたと言うの、と言ったのか?毒を盛ってシリル殿下を殺そうとしたのじゃないのか。
そっと扉を開けて見張りの騎士を呼び、書記官を呼んで欲しいと伝えた。この人の言葉を、聞いただけで理解するのは難しい。気付かれないように記録できないだろうか。扉を少し開けたまま、着いたらそこで聞こえたことを記録して欲しいと伝えた。
そして、床に崩れて淑やかに泣いている王妃へ声をかける。
「失礼致します、王妃殿下。お椅子へお座りになられた方がよろしいかと存じます。ご不快でなければ、手をお貸ししてもよろしいでしょうか。」
潤んだ目をマクシムへ向けた王妃は、許す、と小さな声で言い、慣れた様子で手を差し出した。ソファへと導き座らせると、シャルルの車椅子を押してソファの向かい側に置く。シリルも、王妃の座った対面のソファに座り、リュシルは紅茶を用意し始めた。
しん、とした室内に、リュシルが紅茶を淹れる音だけが響く。王妃は顔を上げてそちらを見て、ひっ、と喉を引きつらせた。
「お、お前は何をしているの?」
「紅茶を淹れております。」
一度手を止めて、しっかりと頭を下げながらリュシルは答えた。そして再び作業に戻る。三つの紅茶を淹れると、シリルとシャルル、王妃の前に置いた。
「早く、早く下げて頂戴。わ、私を殺そうというの?」
がたがたと震えながら王妃は置かれた紅茶を見つめた。
「死神に紅茶を準備させるなんて、何を考えて……。ああシリル、そなたは私を殺そうとしているのか。」
シャルルとシリルは何も答えず、リュシルを見た。リュシルは、にこりと笑って頷く。シリルはそれに笑みを返し、美味しそうに紅茶を飲んだ。シャルルも、手を少し震わせながらも紅茶を持ち上げ、口をつける。
事前に、シリルからまじないをかけてもらっていなければ、しばらく紅茶は飲めなかったかもしれない。
シリルは言った。詳しく言えないけれど、リュカは毒を必ず見つける力を持っている。リュカが頷いたら、絶対にその食べ物や飲み物は大丈夫だから。私も先に口に入れるから、見てから口に入れるといい。
「美味しいですよ、母上。」
「シャルル、どうして。どうして飲めるの?毒で酷い目にあったばかりだというのに、また死神の手から出た紅茶を飲むなんて。私の渡したものしか食べてはいけないと、あの時も言ったのに、どうして母の言うことが聞けないの?」
「母上の指示した紅茶を飲んで酷い目にあったのです。母上に渡される食べ物は金輪際食べませんよ?」
「何を言っているのか分からないわ。とりあえず、これを下げて頂戴。毒が入っているかと思うと、恐ろしくて触れることもできない。」
「何故、そのように思うのか分かりませんが、毒が入っているかもしれない飲み物が身近に置かれている恐怖を味わって頂けたのなら幸いです。」
シリルは、この部屋に入って初めて口を開いた。
「貴女は、それを私に繰り返してきた。私はリュカと出会うまで、食べ物に味を感じることなどないくらいに恐怖してきましたよ。食べても食べなくても死ぬ。王宮で王子が飢え死に、なんて面白いですよね。」
「シリル。シャルルと私を殺して王太子になるの?そのために、毒を入れたの?」
「私は毒を使用したことなど、一度もありません。神に誓って。」
「……どうしてお前の足は動いていて、シャルルの足は動かないの?」
「それは、どういう意味ですか。」
「おかしいじゃない?たった一回で。」
「私には何回も何回も毒を盛ったのに?」
「いいえ。私は紅茶を淹れたりできません。どうやって盛れるというの?」
「では、何がおかしいのですか?」
王妃の言っていることは、まったく支離滅裂だった。
「……どうして。どうして私はこんな目にばかりあうのかしら。」
ぶつぶつと呟き始める声に全員で耳をすます。
「王の妃となるために小さな頃から頑張ってきたのに、突然、王となるはずの婚約者の足が動かなくなった、王族でもなくなったといわれたあの日から、私の人生は狂ってしまった。王が違う方なのなら、その方と私が一緒になればよいだけの話なのに、皆もそれでよいと言うのに、王はもう妻がいると言う。何の努力もしておらぬ身分の低い女など、追い出してしまえばよいだけではないか。子どもができたとて、それが何だというのです?私がいれば、子どももできる。その女もその女の子どもも邪魔でしかない。早く排除することこそ、国のため、王のため。私が王の妃であり、私の子が王の子なのだから。」
70
お気に入りに追加
191
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる