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42 貴方を守ったのではありません    

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「そなたの言うことは、私にはまったく分からないことばかりです。」

 王妃は、静かに言って溜め息をついた。

「そこの侍従の置いた焼き菓子の毒が、私に分かる訳がない。」

 ジェロームは、頭を下げたまま絶望した。シャルル殿下の命を今、この方は見捨てたのだ。

「リュカ、どうした?」

 シリルの声に頭を上げると、侍従のリュカが動こうとしている。

「シリル殿下。あそこに小瓶がえます。」

 そう言って捕らえられている侍女二人の間に歩き出す。紅茶を淹れた侍女の長いスカートに引っ掛かるようにして小瓶があった。ハンカチで包んで持ち上げると、シリルへ渡す。液体が少し残っている。シリルはそれを少し見てからジェロームに渡した。

「やはり、死神が何かを持っているではありませんか。何故、そやつを拘束しない。」 

 王妃が言うと、真っ青になっていた侍女がはっとしたように声を上げる。

「そ、そうです。死神が。」

 近衛騎士たちは、呆れたように二人を見た。今、ここにいるすべての者が見ていた。侍女のスカートに引っ掛かるようにしてある小瓶をリュカが見つけた、ということを。

「私なら……。」

 ジェロームは小瓶を見つめながら言う。

「持参する焼き菓子に毒を仕込むのは、すませてくるでしょう。わざわざ証拠を持って来ません。ここで仕込むメリットは何もない。」

 そして、気付いたように顔を上げる。

「急いでこれを医師と研究者の所へ。シャルル殿下の解毒が間に合うかもしれん。」

 お茶会に関わっていた使用人もすべて集めて、城の中へと向かう。
 リュシルは真っ青な顔でふらふらしていた。食べられないもの、とリュシルが呼ぶ毒物が、どのように目にうつるのかシリルには分からないが、それがあるといつもひどく顔色が悪くなり、吐きそうな様子になる。食事も取れないことが多い。死神、死神と呼ばれて精神的にも参っているのだろう。
 支えようと手を伸ばしかけて、大勢の視線に気付く。侍従を抱え込むのはおかしいだろうか。学園や友人の前では何も気にしたことは無かったが、城というのは面倒くさい所だ。
 少しだけ離れていたマクシムがすっと近寄ってリュシルを抱き上げた。相変わらずのスマートな仕草に、シリルは羨ましくなる。
 早く大きくなって、鍛えて、自分でリュシルを抱き上げたい。支えるのは自分でありたい、との思いが湧いてきて、少しマクシムにむっとした。
 マクシムはジェロームにリュシルの不調を伝えて、抱いて運ぶ許可を得ている。いちいち格好のよいことだ、とシリルは溜め息をついた。


 シャルルは一命を取り留めた。シリルより毒に耐性が無かったので寝込んだが、解毒が間に合ったようである。
 見舞いに行ったシリルにシャルルはベッドの上で頭を下げた。

「このような姿で申し訳ありません。足が思うように動かず、ベッドから下りられないのです。それと母が、とんでもないことを致しました。私への処分も如何様いかようにもなさってください。」

「頭を上げてくれ、シャルル。私の命の恩人だろう?」

 足が動かない、という言葉を聞いて驚きながらシリルは答えた。

「いいえ。そんな大層なものではありません。私は、貴方に新聞を読めと言われた日から、死神を探していました。そして、見つけてしまった。けれど、信じたくなかった。あのお茶の席で母が、私の取り分けた菓子以外を食べてはいけない、と言ったときに絶望しました。あれは、貴方を守ったのではない。私は、自殺しようとしたのです。」

「シャルル。」

「私は、あの人と血が繋がっていて、陛下とシリル殿下と血が繋がっていていなかったことが、とても悲しい。」

 淡々と話していたシャルルの声が段々と震えてくる。

「お二人とも、私を好きだと言ってくださった、それだけが、私の……。」

 シリルはそっとベッドに近寄りシャルルを抱きしめた。王妃の見張りが厳しい頃は、こんなこともできなかった。兄弟でないと分かってからやっとできるなんて、なんと皮肉なことだろう。自分より体の大きな弟をぎゅっと抱いてシリルは言う。

「弟なのは、今さら変わらない。今まで通り呼んでくれ。父上もそうおっしゃったのではないのか。」

 シャルルは否定も肯定もせず、声を殺して泣いた。
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