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36 来てくれた
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色々と納得のいかないことだらけだが、シャルルの様子は気になる。仕方なくジュストは提案に乗った。
「かつらがないと、私たちがこの部屋から出られませんが?」
「仕事をトリスタンに持ってきてもらって、ここでしててください。リュカに紅茶も淹れてもらえばいい。」
「……シリル殿下。変わられましたね。」
モーリスのため息混じりの言葉に首を傾げる。
「変わったつもりは無い。」
「もとからこんな感じだぞ。」
国王が口を出すと、モーリスは諦めたように紅茶を啜った。
学園の制服だったのが功を奏したらしい。シャルルの部屋に疑われることもなく辿り着いた。扉の前では護衛騎士や侍従が、シャルル殿下は体調不良で会えないの一点張りであったが、表の様子に気付いたシャルルが家庭教師を振り切って出てきて、ようやく入り込むことができた。
中に留まろうとする侍従も、シャルルが命令を使って追い出す。
三人はソファでやっと息をついた。
「ああ、会いたかったです。」
兄上、という言葉は、声に出さずにシャルルは言った。侍従は、追い出したとはいえ、聞き耳を立てていることだろう。声は震えていた。
「遅くなってすまなかった。」
シャルルはすっかり痩せて、目の下に濃い隈を作っている。ここに閉じ込められて五日か。間に合って良かった。
「シャルル殿下。ジャン様に手紙などは出せなかったのですか。」
「……始めのうちは、それも考えていたのだが。巻き込んでいいのか悩んでいるうちに、頭が働かなくなってきて。」
「王妃様には会っているのか。」
「はい。頻繁に様子を見に来ます。」
「何も言わないのか。」
「医師を手配して帰っていきます。食事を一緒に、というのはずっと断っていて。体調が悪いと言っているのに、家庭教師をずっと送り込んでくるんです。習ったことのあるようなことをずっと言ってるみたいですが、もう何だかぼーっとしてしまって。」
一目見て明らかに調子がおかしいのに、何を考えているのだろうか。
「ジュストはどうして王宮へ?」
「呼ばれたから。」
「手紙を出したのですか、あに、あ、いえ。」
兄上と言いかけて口をつぐむ。
「シャルル殿下は、ジャン様を巻き込まないように手紙を出さなかったんですよね。」
ジュストは、シリルを睨んでみた。シリルは表情ひとつ変えない。
「巻き込むさ。友人だろ。お陰でシャルルに会えた。三日間、打つ手が無かったんだ。感謝してるよ、ジュスト。」
「う、いや、まあ、それなら良かったですけど。」
「そうか……、そうだな。私も頼れば良かったんだ。もしかして、届かなかったかもしれないけれど、手紙を出そうとしてみれば良かった。」
「まあ、たぶん、ジャン様は喜ばれると思います。本当に、心配されていたから。」
「うん。うん……。」
ついに泣き出したシャルルの横に二人で座って背中を擦る。
「国王陛下も、呼び出しするって言っていた。大切な話があるから。何としてでも聞きに行け。」
コンコン、と扉がノックされた。
「王妃殿下が、来られます。」
シリルとジュストは、大急ぎで立ち上がる。扉を出る前に、
「シャルル。私のこと、好きか。」
唐突に、シリルが言った。
「はい。小さいときからずっと。」
「そうか。私もだ。忘れるな。」
ほとんど小走りで出ていった二人を見送って、シャルルはすっきりした気分でソファに座った。
来てくれた。兄上は、来てくれた。
「かつらがないと、私たちがこの部屋から出られませんが?」
「仕事をトリスタンに持ってきてもらって、ここでしててください。リュカに紅茶も淹れてもらえばいい。」
「……シリル殿下。変わられましたね。」
モーリスのため息混じりの言葉に首を傾げる。
「変わったつもりは無い。」
「もとからこんな感じだぞ。」
国王が口を出すと、モーリスは諦めたように紅茶を啜った。
学園の制服だったのが功を奏したらしい。シャルルの部屋に疑われることもなく辿り着いた。扉の前では護衛騎士や侍従が、シャルル殿下は体調不良で会えないの一点張りであったが、表の様子に気付いたシャルルが家庭教師を振り切って出てきて、ようやく入り込むことができた。
中に留まろうとする侍従も、シャルルが命令を使って追い出す。
三人はソファでやっと息をついた。
「ああ、会いたかったです。」
兄上、という言葉は、声に出さずにシャルルは言った。侍従は、追い出したとはいえ、聞き耳を立てていることだろう。声は震えていた。
「遅くなってすまなかった。」
シャルルはすっかり痩せて、目の下に濃い隈を作っている。ここに閉じ込められて五日か。間に合って良かった。
「シャルル殿下。ジャン様に手紙などは出せなかったのですか。」
「……始めのうちは、それも考えていたのだが。巻き込んでいいのか悩んでいるうちに、頭が働かなくなってきて。」
「王妃様には会っているのか。」
「はい。頻繁に様子を見に来ます。」
「何も言わないのか。」
「医師を手配して帰っていきます。食事を一緒に、というのはずっと断っていて。体調が悪いと言っているのに、家庭教師をずっと送り込んでくるんです。習ったことのあるようなことをずっと言ってるみたいですが、もう何だかぼーっとしてしまって。」
一目見て明らかに調子がおかしいのに、何を考えているのだろうか。
「ジュストはどうして王宮へ?」
「呼ばれたから。」
「手紙を出したのですか、あに、あ、いえ。」
兄上と言いかけて口をつぐむ。
「シャルル殿下は、ジャン様を巻き込まないように手紙を出さなかったんですよね。」
ジュストは、シリルを睨んでみた。シリルは表情ひとつ変えない。
「巻き込むさ。友人だろ。お陰でシャルルに会えた。三日間、打つ手が無かったんだ。感謝してるよ、ジュスト。」
「う、いや、まあ、それなら良かったですけど。」
「そうか……、そうだな。私も頼れば良かったんだ。もしかして、届かなかったかもしれないけれど、手紙を出そうとしてみれば良かった。」
「まあ、たぶん、ジャン様は喜ばれると思います。本当に、心配されていたから。」
「うん。うん……。」
ついに泣き出したシャルルの横に二人で座って背中を擦る。
「国王陛下も、呼び出しするって言っていた。大切な話があるから。何としてでも聞きに行け。」
コンコン、と扉がノックされた。
「王妃殿下が、来られます。」
シリルとジュストは、大急ぎで立ち上がる。扉を出る前に、
「シャルル。私のこと、好きか。」
唐突に、シリルが言った。
「はい。小さいときからずっと。」
「そうか。私もだ。忘れるな。」
ほとんど小走りで出ていった二人を見送って、シャルルはすっきりした気分でソファに座った。
来てくれた。兄上は、来てくれた。
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