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33 声は届かない
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シャルルが気付いたのは、揺れる馬車の中だった。誰かに抱き抱えられているようだ。
驚きすぎて声が出なかったから、目を開けても抱いている者には気付かれていない。
拐かされたか、と思ったが、あの厳重な警備のなかでここまで気付かれずに、運べる訳がない。しばらくじっとしていたら、目が慣れてきた。シャルルを抱いているのは、護衛騎士のようだ。寝間着のまま、毛布にくるまれている。
「どこへ行くんだ。」
思っていたよりも低い声が出た。護衛騎士がびくり、と肩を揺らす。
「殿下。お気付きですか。」
「これは、どういうことだ?離せ。」
「申し訳ありませんが、着くまでこのままでお願い致します。」
「どこへ行くんだ、と聞いている。」
「は。王宮へ、参ります。」
「まだ、休みには入っていない。それに、この状況は納得がいかない。離せ。」
「お願い致します。命令なのです。私は、殿下の言葉を聞くことができません。」
母上が強硬手段に出たということか、とシャルルはため息を吐いた。これは、学園に戻れるかも分からない。せめて、父上に会えたらいいのだが、としか今は思い付くことができなかった。
「シャルル。無事で良かった。」
結局、王宮の自室のベッドの上に丁寧に置かれても、寝られる訳もなく、頭痛を覚えながら着替えをすました頃に、王妃はやって来た。
口を開く気にもなれない。今、無事ではない、とシャルルは憮然とする。
「心配していたのですよ。最近は、評判の良くない者と一緒に行動していると噂を聞きましたから。」
王妃は、にこやかに話しかけてくる。ただ、黙ってそれを見ていた。
「母へのそうした態度も、その者たちの悪影響なのね。シャルルにとって、学園は何の利点も無いと判断致しました。」
にこやかな仮面は外さず、返事の無い息子へ話し続ける。
「お勉強など、こちらでもできますし、ご学友が欲しければ用意しますから、もう学園には戻らなくてよろしいわ。」
シャルルは、一切の反応を見せなかった。流石に少し、にこやかさの消えた王妃が尚も言葉を紡ぐ。
「朝食は、いつも通りに一緒に食べましょう。」
「いえ、体調がすぐれませんので、部屋で頂きます。本日の予定も、何かあるのでしたら、すべてキャンセルしてください。」
義務的な連絡をするための声を出せているだろうか、と考えながらシャルルは答えた。なるべく、声に何の感情も乗せないように。顔は無表情に。
「……医師を呼びましょう。学園になど、行かせるのではなかったわ。」
「いえ、医師はいりません。構わないで頂けるのが、一番の薬です。」
む、と母の口元が笑顔の仮面を外した。
「また参ります。医師は手配しておきます。」
王妃が部屋から出ていって、ほっと息を吐く。まるで、敵地のようだ、と考えてから、その考えにぞっとした。
小言の多さにはうんざりしていたが、それでも、母のことは好きだった。小言が多いのは、シャルルのことを気にかけてくれている証拠なのだ。それだけ愛されているのだと思っていた。今も、愛されているのだろう。先ほどの話も、心配しているからこそなのだろう。
小さい頃は、それで良かったのかもしれない。安全な場所で、自分を思ってくれる人の言うことを聞いておけば、幸せに暮らしてこれた。
けれど。
先ほどの母の話の中に、シャルルの意思は無かった。無理矢理、王宮へ運んだことに対しても、何ら思うことは無さそうだった。
呼び出しに応えなかった数ヶ月は、母には理解できないものだったのだろう。評判の良くない者、悪影響、すべてシリルのことを指しているのだとしたら。
シャルルは、嫌な予感に身を震わせた。久しぶりに会った母に、話が通じる気がしなかった。
驚きすぎて声が出なかったから、目を開けても抱いている者には気付かれていない。
拐かされたか、と思ったが、あの厳重な警備のなかでここまで気付かれずに、運べる訳がない。しばらくじっとしていたら、目が慣れてきた。シャルルを抱いているのは、護衛騎士のようだ。寝間着のまま、毛布にくるまれている。
「どこへ行くんだ。」
思っていたよりも低い声が出た。護衛騎士がびくり、と肩を揺らす。
「殿下。お気付きですか。」
「これは、どういうことだ?離せ。」
「申し訳ありませんが、着くまでこのままでお願い致します。」
「どこへ行くんだ、と聞いている。」
「は。王宮へ、参ります。」
「まだ、休みには入っていない。それに、この状況は納得がいかない。離せ。」
「お願い致します。命令なのです。私は、殿下の言葉を聞くことができません。」
母上が強硬手段に出たということか、とシャルルはため息を吐いた。これは、学園に戻れるかも分からない。せめて、父上に会えたらいいのだが、としか今は思い付くことができなかった。
「シャルル。無事で良かった。」
結局、王宮の自室のベッドの上に丁寧に置かれても、寝られる訳もなく、頭痛を覚えながら着替えをすました頃に、王妃はやって来た。
口を開く気にもなれない。今、無事ではない、とシャルルは憮然とする。
「心配していたのですよ。最近は、評判の良くない者と一緒に行動していると噂を聞きましたから。」
王妃は、にこやかに話しかけてくる。ただ、黙ってそれを見ていた。
「母へのそうした態度も、その者たちの悪影響なのね。シャルルにとって、学園は何の利点も無いと判断致しました。」
にこやかな仮面は外さず、返事の無い息子へ話し続ける。
「お勉強など、こちらでもできますし、ご学友が欲しければ用意しますから、もう学園には戻らなくてよろしいわ。」
シャルルは、一切の反応を見せなかった。流石に少し、にこやかさの消えた王妃が尚も言葉を紡ぐ。
「朝食は、いつも通りに一緒に食べましょう。」
「いえ、体調がすぐれませんので、部屋で頂きます。本日の予定も、何かあるのでしたら、すべてキャンセルしてください。」
義務的な連絡をするための声を出せているだろうか、と考えながらシャルルは答えた。なるべく、声に何の感情も乗せないように。顔は無表情に。
「……医師を呼びましょう。学園になど、行かせるのではなかったわ。」
「いえ、医師はいりません。構わないで頂けるのが、一番の薬です。」
む、と母の口元が笑顔の仮面を外した。
「また参ります。医師は手配しておきます。」
王妃が部屋から出ていって、ほっと息を吐く。まるで、敵地のようだ、と考えてから、その考えにぞっとした。
小言の多さにはうんざりしていたが、それでも、母のことは好きだった。小言が多いのは、シャルルのことを気にかけてくれている証拠なのだ。それだけ愛されているのだと思っていた。今も、愛されているのだろう。先ほどの話も、心配しているからこそなのだろう。
小さい頃は、それで良かったのかもしれない。安全な場所で、自分を思ってくれる人の言うことを聞いておけば、幸せに暮らしてこれた。
けれど。
先ほどの母の話の中に、シャルルの意思は無かった。無理矢理、王宮へ運んだことに対しても、何ら思うことは無さそうだった。
呼び出しに応えなかった数ヶ月は、母には理解できないものだったのだろう。評判の良くない者、悪影響、すべてシリルのことを指しているのだとしたら。
シャルルは、嫌な予感に身を震わせた。久しぶりに会った母に、話が通じる気がしなかった。
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