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31 寮が閉じたら

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「エクトル、さっきの話だけど。」

「は、はい。」

 シリルと死神リュカのいる貴賓室は、エクトルにとって寛げるわけもなく、食堂で勝手に選ばれた日替わり定食を前に固まっている。シャルルに話しかけられても、戸惑うばかりだ。

「中間試験の後で、何があったの?」

「いえ、何も。」

「そういうのは、面倒臭いから無しで。」

 エクトルはコンスタンを見る。素知らぬ顔で、日替わり定食を食べている。

「俺は、聞いた話しかできません。本人にお聞きください。」

「と、いうことだけど、コンスタン?」

「お話しましたよ?命に関わるものじゃないって。」

 確かに聞いた。

「私は、いいんですよ。家に帰らなければ、父も母も何もできない。大変なのは、母上かな。断れないお茶会の時、どうなるか、ですね。ま、社交界から追い出されたところで、死ぬわけじゃなし。」

「考えなければいけないのは、今からのこと、か。」

「そうですよ。1ヶ月の長期休みをどうするかです。」

 もうすぐ、学園は長期休みに入る。

「兄上は、戻られるのですか?」

「寮に居られる間は、どんな手を使っても居続けるぞ。」

 相変わらず、自分の口とリュシルの口へ交互に食べ物を運びながら、シリルは答えた。リュシルの頼んだスペシャルボリューム定食は、ジュストがぱくぱく食べている。付属のスープとパンが一つだけ、リュシルの前に置いてあった。エクトルは、その光景にも戸惑っていて、見てもよいのかと視線をさ迷わせている。

「寮が完全に閉じる一週間だけ、どこにいるかを考えたら良いということですか。……先日の休みは、兄上は、どこにいらっしゃったのです?」

「マクシムの家だ。ベルナール家の屋敷にいた。夫人と護衛の三人と剣の鍛練をしていた。今回も、頼もうかと思っている。」

「……私は王宮に閉じ込められて、勉強させられていたのに、なんて羨ましい。逃げ場があるのも羨ましい。ジャンの家に行けないだろうか。」

 自分には関係の無さそうな話だと、食べることに集中していたジャンが、急に話を振られて、びっくりする。

「俺は、殿下がいたら楽しくていいですけど、王妃様に何か言われたら、すぐに帰ることになりますよ。うちの母上は、長いものには巻かれるので。」

「迷惑はかけたくないな。私もベルナール家に行きたい……。」

「頼んでみるか。ベルナール夫人なら、王妃様にも負けない気がする。」

「私も行きたいです。」

 コンスタンが手を挙げる。

「流石に人数が多いかな。ジュストは、どうするんだ?」

「街に出て、仕事を探します。帰る旅費も無いし、寮に居られない一週間の宿と食費を何とか捻り出さないと、一週間はストリートチルドレンだ。」

 食い溜め、とばかりに久しぶりのスペシャルボリューム定食をがつがつ食べているジュストの言葉に、リュシル以外のお坊っちゃんたちは息をのんだ。

「……馬車代が稼げたら帰れるのか?」

「帰っても、俺の分の食事はもう無いかもしれないから、住み込みで1ヶ月働かせてくれる食べ物屋が探せたらいいんですが。伝手もないし、厳しいかなあ。シリル殿下と仲良くしてたら、そういう情報が入ってこないんですよね。貧乏人のグループに入れてもらえなくて。」

「……。」

 絶句する面々を他所に、もくもくと昼ごはんを食べる。

「シリル殿下の側にいたいのは俺の選択なんで、気にしないでください。こんな美味しいものを、たまに食べられるんだから、幸せです。」

「ジュスト様、道路で寝るのは危険ですよ。私のお給料から貸しますから、もし足りなければ、言ってください。見習いですが、一週間くらい過ごせるお金は貯まってる筈です。」

「ありがとう、リュカ。その時は、遠慮しない。試験もすんだし、まずは街に出て仕事探しだな。歩きで出ていくのがまた、時間がかかるんだよなあ。やっぱり住み込みがいいんだが。」

「確かに。私は、侍従ができれば最高だと思っていたので、恵まれていました。」

「そうだな。休みの間に、次の試験までの昼ごはん代を稼げて、次の、寮が閉じる間の休みに備えられたら、万々歳なんだけど。俺もいっそ、誰かの侍従をしたいな。そうしたら、寮が閉じる一週間も、主に付いていけるんだろう?」

「俺たちに、頼ろうとか思ったりはしないのか。昼ごはんも、言ってくれれば……。」

 リュシルとジュストが淡々と話しているのを、複雑な表情で見守っていたジャンが口を挟む。

「……仕事を頂けるのなら、対価は喜んで貰いますが、施しを貰おうとは思わないです。」

 うーん、と考えながらジュストが答える。  

「リュカの物を貰うのは、いいの?」

「食べきらなかった余り物なので。それに、リュカの稼いだ金だって分かってるから、借りやすい。働けるようになったら、必ず返します。」
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