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21 おかえりなさい

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 寮の食堂と学園は、一週間、閉じられることになった。
 毒を食べた細身の料理人と中年の手伝いの女性は、一命は取り留めたが、意識は取り戻していない。体格のよい料理人は、半身に麻痺が残った。小さな体格のアンリという少女は命を落とした。
 毒を料理に入れた実行犯と思われる下働きの青年は、事件翌日、牢の中で死んでいた。料理長は、たまたま毒を口にしなかっただけで、何も関係無かったとしてすぐに釈放され、王宮料理人に戻った。もともと、バジルの後釜が決まるまでの臨時で王宮調理室から出向していただけであるので、事件の後ではそこにいるのも辛いだろうと王宮に戻された、ということらしい。
 学園はじまって以来の大事件は、何も分からないまま、幕を閉じてしまった。

 突然、休みになった一週間は、王都に家がある生徒は帰れたが、領地が遠かったり、帰れない事情があったりする者は寮に留まったままとなるので、いつもの昼食場所である学園内の食堂が開かれた。
 シリルは王宮に帰る気はまったく無かった。何せ、怪しい寮の元料理長が王宮の厨房にいるのである。学園内の食堂まで食べに行くかと考えていたが、事情をすぐに耳に入れたセリーヌが、全員で帰ってらっしゃい!と迎えの馬車をよこし、のんびりとベルナール家で過ごすことになった。夫人たちのお茶会の、恐るべき噂話の早さである。

 セリーヌがたまたま招かれたお茶会が、事件の日の午後であった。学園に娘が通っているという侯爵夫人は、もう、わたくし、恐ろしくて恐ろしくて……と言った。

「朝食の時に、事件があったのですって。シリル殿下の侍従が、毒を入れた食事を厨房の職員に食べさせたのだそうよ。職員が皆、亡くなってしまわれて、食堂が閉鎖されて。娘は、震えながら帰ってきましたわ。食事をするのが怖いと泣いておりますの。学園がしばらくお休みになりますので、その間に落ち着けばよろしいのですけれど。」

 まあ、なんて恐ろしい……、さわさわと、招かれていた夫人たちが真っ青になりながら話し始める。
 それを聞きながら、セリーヌも真っ青になっていた。シリル殿下の侍従が……?リュシルちゃん?また、毒!

「わ、わたくし、学園に迎えをやらねばなりませんので、今日はこれで失礼致します。」

 不作法を承知で、ガタンと立ち上がる。

「え?まあ、ご存知無かったのですね。そうね、護衛騎士でもいないと、すぐには帰ってこられませんものね。……ええ、ええ、お早く行って差し上げて。」

 侯爵夫人が、慌てたように言うのへ綺麗に挨拶をして飛んで帰り、すぐさま学園に馬車を送り付けた次第である。

 ベルナール家へとやって来たシリルに、セリーヌはおかえりなさい、と言った。

「シリル殿下、おかえりなさい。このたびはまた、大変でございましたね。リュシルちゃんも、おかえりなさい。学園がお休みなのなら、うちでちょっとのんびりしましょうね。」

 シリルは、おかえりなさいというその言葉をかみしめた。なんだ、帰る場所はあったのか。こみあげる何かをぐっと飲み込んで、

「お言葉に甘えて、お世話になります。」

 と頭を下げた。
 
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