18 / 61
18 朝食という名の
しおりを挟む
試験結果発表の翌日、食堂へ朝食を受け取りに行ったリュシルが見たのは、食べられないものしか並んでいない三つのトレイだった。
あまりの殺意と悪意の塊に吐き気が込み上げてくる。
冷静に、冷静に。
身に付いてきたポーカーフェイスを顔に貼り付けて、エプロンをつけた食堂職員の少女を一人、呼び止める。
「すみません。こちらの食事、すべてもう一度入れ直して頂けますか?お皿やトレイも新しく替えて、こちらの三つは処分して頂きたい。」
「……。」
少女は黙って困ったように動きを止めている。混み合う時間より早めとはいえ、忙しい。もう準備できているものを替えろなんて。しかし、相手は貴族。第一王子の侍従である。下手なことは言えない。
「こちらの食事、すべて交換して頂きたい、とお願いしているのですが、聞こえていらっしゃいますか?」
もう一度、淡々とリュシルは繰り返した。これらには、触れることも恐ろしい。混み合う前に処分してもらわないと、他にも被害が出るかもしれない。
しかし、少女は動かなかった。
「あの?」
もう一度、リュシルが繰り返そうとしたときである。体格のよい料理人服の男が一人、近付いてきた。
「アンリ、どうしたんだ。この忙しいのにぼんやりしていないで、次の仕事をしなさい。」
「いえ、あの、その……。」
「すみません。こちらの食事をすべて、もう一度入れ直して頂くようにお願いしているのですが。お皿もすべて交換でお願いします。」
リュシルは、料理人服の男にも同じ言葉を繰り返した。
「え?何故です?もう準備できているのだから、持っていってくださらないと、次の準備ができません。」
「いえ、これらのものは、到底食べられるものではありません。替えて頂きたい。」
「は?」
リュシルは見えたままのことを言っただけである。しかし、料理人の男には理解できず、アンリと呼ばれた少女にも、リュシルが理不尽な要求をしているように思えていた。
「食べられないってのは、どういう意味なんです?」
「そのままの意味ですが。」
押し問答していても、らちが明かないと思ったのだろう、料理人は、厨房にいた職員たちを大声で呼んだ。
「おおい、皆ちょっと来てくれ。」
その時、厨房には男を含めて料理人が三人、アンリと中年の女性、青年が一人。
「この侍従さまが、この食事を食べられないものだと言われるんだが、どう思う?」
どんな不当な言いがかりかと、皆眉をしかめて顔を見合わせる。
「食べられないのです。すべて、お皿ごと替えてください。」
「いくら第一王子の侍従でも、そんな言いがかりをいちいち聞いていたら、仕事が終わらない。いい加減にして頂きたい。」
バジルの後に、王城の厨房から派遣された料理長がリュシルを睨み付けながら言った。
しかし、リュシルには、これらは持ち運ぶことも難しい。触れるのも恐ろしいほどの毒の塊である。
「なら、食べられることを証明しますから、食べかけでも文句言わずに持っていってくださいよ。」
皆を呼び寄せた体格のよい料理人が言った。スプーンを準備すると、三つのトレイのスープを掬っては、一人づつに渡していく。
かたかたと、リュシルは震えはじめた。
「見ててくださいよ、食べますから。」
六人のうち、四人が仕方ないという風にスープを口に運ぶ。
リュシルは、恐怖のあまり声も出せなかった。毒が、口の中に!
ガシャン。
飲み込んだ四人の手からスプーンが落ちる。アンリと中年の女性、細身の料理人がばたりと倒れた。体格のよい料理人も、膝をついてがっくりとうずくまる。
「う、うわああぁぁ。」
飲まなかった下働きの青年が叫んでスプーンを放り投げた。
料理長が、スプーンを床に叩きつけると素早く廊下に飛び出そうとする。
叫び声を聞いて、リュシルに付いてきていたトマが廊下から飛び込んできた。
「リュカ、どうした?」
「トマ、この方と逃げた料理長を拘束してください。」
震えながらもリュシルは言った。落ち着け、落ち着け。飲まなかったことはおかしい。
惨状にも動きは止めず、トマは即座に料理長を捕まえ、廊下に向かって叫んだ。
「誰か、誰かいるか!医療者と、騎士団を呼んできてくれ。早く!」
真っ青で今にも倒れそうなリュカが気にかかるが、この二人を逃がすわけにはいかない。下働きの青年は、震えているばかりだが、料理長の方は逃げる気がありそうだ。
ばたばたと色々な足音が近付いてくるまで、その場から誰一人動けなかった。
あまりの殺意と悪意の塊に吐き気が込み上げてくる。
冷静に、冷静に。
身に付いてきたポーカーフェイスを顔に貼り付けて、エプロンをつけた食堂職員の少女を一人、呼び止める。
「すみません。こちらの食事、すべてもう一度入れ直して頂けますか?お皿やトレイも新しく替えて、こちらの三つは処分して頂きたい。」
「……。」
少女は黙って困ったように動きを止めている。混み合う時間より早めとはいえ、忙しい。もう準備できているものを替えろなんて。しかし、相手は貴族。第一王子の侍従である。下手なことは言えない。
「こちらの食事、すべて交換して頂きたい、とお願いしているのですが、聞こえていらっしゃいますか?」
もう一度、淡々とリュシルは繰り返した。これらには、触れることも恐ろしい。混み合う前に処分してもらわないと、他にも被害が出るかもしれない。
しかし、少女は動かなかった。
「あの?」
もう一度、リュシルが繰り返そうとしたときである。体格のよい料理人服の男が一人、近付いてきた。
「アンリ、どうしたんだ。この忙しいのにぼんやりしていないで、次の仕事をしなさい。」
「いえ、あの、その……。」
「すみません。こちらの食事をすべて、もう一度入れ直して頂くようにお願いしているのですが。お皿もすべて交換でお願いします。」
リュシルは、料理人服の男にも同じ言葉を繰り返した。
「え?何故です?もう準備できているのだから、持っていってくださらないと、次の準備ができません。」
「いえ、これらのものは、到底食べられるものではありません。替えて頂きたい。」
「は?」
リュシルは見えたままのことを言っただけである。しかし、料理人の男には理解できず、アンリと呼ばれた少女にも、リュシルが理不尽な要求をしているように思えていた。
「食べられないってのは、どういう意味なんです?」
「そのままの意味ですが。」
押し問答していても、らちが明かないと思ったのだろう、料理人は、厨房にいた職員たちを大声で呼んだ。
「おおい、皆ちょっと来てくれ。」
その時、厨房には男を含めて料理人が三人、アンリと中年の女性、青年が一人。
「この侍従さまが、この食事を食べられないものだと言われるんだが、どう思う?」
どんな不当な言いがかりかと、皆眉をしかめて顔を見合わせる。
「食べられないのです。すべて、お皿ごと替えてください。」
「いくら第一王子の侍従でも、そんな言いがかりをいちいち聞いていたら、仕事が終わらない。いい加減にして頂きたい。」
バジルの後に、王城の厨房から派遣された料理長がリュシルを睨み付けながら言った。
しかし、リュシルには、これらは持ち運ぶことも難しい。触れるのも恐ろしいほどの毒の塊である。
「なら、食べられることを証明しますから、食べかけでも文句言わずに持っていってくださいよ。」
皆を呼び寄せた体格のよい料理人が言った。スプーンを準備すると、三つのトレイのスープを掬っては、一人づつに渡していく。
かたかたと、リュシルは震えはじめた。
「見ててくださいよ、食べますから。」
六人のうち、四人が仕方ないという風にスープを口に運ぶ。
リュシルは、恐怖のあまり声も出せなかった。毒が、口の中に!
ガシャン。
飲み込んだ四人の手からスプーンが落ちる。アンリと中年の女性、細身の料理人がばたりと倒れた。体格のよい料理人も、膝をついてがっくりとうずくまる。
「う、うわああぁぁ。」
飲まなかった下働きの青年が叫んでスプーンを放り投げた。
料理長が、スプーンを床に叩きつけると素早く廊下に飛び出そうとする。
叫び声を聞いて、リュシルに付いてきていたトマが廊下から飛び込んできた。
「リュカ、どうした?」
「トマ、この方と逃げた料理長を拘束してください。」
震えながらもリュシルは言った。落ち着け、落ち着け。飲まなかったことはおかしい。
惨状にも動きは止めず、トマは即座に料理長を捕まえ、廊下に向かって叫んだ。
「誰か、誰かいるか!医療者と、騎士団を呼んできてくれ。早く!」
真っ青で今にも倒れそうなリュカが気にかかるが、この二人を逃がすわけにはいかない。下働きの青年は、震えているばかりだが、料理長の方は逃げる気がありそうだ。
ばたばたと色々な足音が近付いてくるまで、その場から誰一人動けなかった。
70
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
〈完結〉八年間、音沙汰のなかった貴方はどちら様ですか?
詩海猫
恋愛
私の家は子爵家だった。
高位貴族ではなかったけれど、ちゃんと裕福な貴族としての暮らしは約束されていた。
泣き虫だった私に「リーアを守りたいんだ」と婚約してくれた侯爵家の彼は、私に黙って戦争に言ってしまい、いなくなった。
私も泣き虫の子爵令嬢をやめた。
八年後帰国した彼は、もういない私を探してるらしい。
*文字数的に「短編か?」という量になりましたが10万文字以下なので短編です。この後各自のアフターストーリーとか書けたら書きます。そしたら10万文字超えちゃうかもしれないけど短編です。こんなにかかると思わず、「転生王子〜」が大幅に滞ってしまいましたが、次はあちらに集中予定(あくまで予定)です、あちらもよろしくお願いします*
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる