4 / 61
4 温かいスープ
しおりを挟む
厨房は、しん、としていた。昼食と夕食の間の束の間の休憩時間なのだろう。マクシムは、タイミングが悪かったか、と思いつつ、部屋で食べる生徒の分を運び出すための扉を開ける。がっちりとした体格の男と目が合った。
「おう、どうかしましたか?」
もともとは騎士学校に通っていたが、野営のための料理の授業で楽しくなってしまい、卒業後に料理人になったという伯爵家の三男が、学園の寮の料理長であった。まだ鍛えているのか、細身のマクシムなどより、よほど騎士っぽい体型をしている。
「このような時間に申し訳ない。第一王子の護衛騎士、マクシム・ベルナールです。」
姿勢を正して挨拶をする。
「朝や昼の残りで構わないのだが、スープを今、頂くことはできるだろうか?少し多めに。」
驚いた顔の料理長が、ああ、と置いてあった大鍋を一つ火にかける。
「ありますけど、いいんですか?残り物で。王子殿下に出せるようなものじゃないですぜ。」
「いえ。いつもシリル殿下は、皆と同じものを、と注文している筈ですが…。」
「え?」
「え?」
二人は顔を見合わせたが、これまでは、侍従がそれらの取り次ぎをして運んだりしていたため、詳しいことが分からず、黙ってしまう。
「器に入れますかい?」
「いえ、鍋のままでも大丈夫です。器は部屋にもありますので。」
料理長は、鍋の中身を小皿に取って飲んだ後、小鍋に移した。その一連の動作に、マクシムはほっと息を吐く。このスープは、食べられそうだ。
「大丈夫、まだ旨い。」
にやっと笑って渡されたスープをありがたく受け取り、マクシムは頭を下げた。
「休憩時間に、お手間を取らせました。夕食も、こちらに取りに伺います。皆と同じメニューで三人分、よろしくお願い致します。」
「おお。ご丁寧にどうも。無駄にならなくて、スープも喜んでると思いますよ。」
部屋に戻ったマクシムは、興奮気味だった。絶対安全な温かいスープ!何日ぶりだろう。
「殿下も食べましょう!」
返事も聞かず、侍従部屋の食器棚にある器を三つとスプーンを三つ、一度洗って布巾で拭い、スープをよそう。ベッド脇のテーブルの横に椅子を2つ並べて器を置いた。リュシルをそっとベッドの上で起こして、背中に枕を置いてもたれさせる。鼻歌も歌いそうな勢いで準備するのを、シリルは呆然と眺めていた。
「料理長が、温め直して、味見して、旨いって渡してくれたんです!ああ、温かいスープ!旨いスープ!」
シリルの前に一つ置き、リュシルの手に器とスプーンを持たせると、待ちきれないように食べ始めた。はぁ、と感動するような息を吐く。
「旨いです。」
あっという間に平らげて、まだ渡されたままだったリュシルの器とスプーンをひょいと取り上げると、掬って口元に持っていった。
「さ、どうぞ。」
腕を上げるのも難しかったリュシルは、その好意を甘んじて受けることにした。一口食べて、ほう、と息を吐く。
「美味しいです。」
自然と笑みがこぼれた。そのまま、ゆっくりと口に運ばれるスープを夢中で平らげ、幸せに浸った。
シリルもまた、無言でひたすら食べていた。今までの人生で一番、一生懸命食べたに違いない。空っぽの器を眺めて、気持ちのいい疲れのようなものを感じていた。
「おう、どうかしましたか?」
もともとは騎士学校に通っていたが、野営のための料理の授業で楽しくなってしまい、卒業後に料理人になったという伯爵家の三男が、学園の寮の料理長であった。まだ鍛えているのか、細身のマクシムなどより、よほど騎士っぽい体型をしている。
「このような時間に申し訳ない。第一王子の護衛騎士、マクシム・ベルナールです。」
姿勢を正して挨拶をする。
「朝や昼の残りで構わないのだが、スープを今、頂くことはできるだろうか?少し多めに。」
驚いた顔の料理長が、ああ、と置いてあった大鍋を一つ火にかける。
「ありますけど、いいんですか?残り物で。王子殿下に出せるようなものじゃないですぜ。」
「いえ。いつもシリル殿下は、皆と同じものを、と注文している筈ですが…。」
「え?」
「え?」
二人は顔を見合わせたが、これまでは、侍従がそれらの取り次ぎをして運んだりしていたため、詳しいことが分からず、黙ってしまう。
「器に入れますかい?」
「いえ、鍋のままでも大丈夫です。器は部屋にもありますので。」
料理長は、鍋の中身を小皿に取って飲んだ後、小鍋に移した。その一連の動作に、マクシムはほっと息を吐く。このスープは、食べられそうだ。
「大丈夫、まだ旨い。」
にやっと笑って渡されたスープをありがたく受け取り、マクシムは頭を下げた。
「休憩時間に、お手間を取らせました。夕食も、こちらに取りに伺います。皆と同じメニューで三人分、よろしくお願い致します。」
「おお。ご丁寧にどうも。無駄にならなくて、スープも喜んでると思いますよ。」
部屋に戻ったマクシムは、興奮気味だった。絶対安全な温かいスープ!何日ぶりだろう。
「殿下も食べましょう!」
返事も聞かず、侍従部屋の食器棚にある器を三つとスプーンを三つ、一度洗って布巾で拭い、スープをよそう。ベッド脇のテーブルの横に椅子を2つ並べて器を置いた。リュシルをそっとベッドの上で起こして、背中に枕を置いてもたれさせる。鼻歌も歌いそうな勢いで準備するのを、シリルは呆然と眺めていた。
「料理長が、温め直して、味見して、旨いって渡してくれたんです!ああ、温かいスープ!旨いスープ!」
シリルの前に一つ置き、リュシルの手に器とスプーンを持たせると、待ちきれないように食べ始めた。はぁ、と感動するような息を吐く。
「旨いです。」
あっという間に平らげて、まだ渡されたままだったリュシルの器とスプーンをひょいと取り上げると、掬って口元に持っていった。
「さ、どうぞ。」
腕を上げるのも難しかったリュシルは、その好意を甘んじて受けることにした。一口食べて、ほう、と息を吐く。
「美味しいです。」
自然と笑みがこぼれた。そのまま、ゆっくりと口に運ばれるスープを夢中で平らげ、幸せに浸った。
シリルもまた、無言でひたすら食べていた。今までの人生で一番、一生懸命食べたに違いない。空っぽの器を眺めて、気持ちのいい疲れのようなものを感じていた。
80
お気に入りに追加
192
あなたにおすすめの小説
あなたには、この程度のこと、だったのかもしれませんが。
ふまさ
恋愛
楽しみにしていた、パーティー。けれどその場は、信じられないほどに凍り付いていた。
でも。
愉快そうに声を上げて笑う者が、一人、いた。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
溺愛されていると信じておりました──が。もう、どうでもいいです。
ふまさ
恋愛
いつものように屋敷まで迎えにきてくれた、幼馴染みであり、婚約者でもある伯爵令息──ミックに、フィオナが微笑む。
「おはよう、ミック。毎朝迎えに来なくても、学園ですぐに会えるのに」
「駄目だよ。もし学園に向かう途中できみに何かあったら、ぼくは悔やんでも悔やみきれない。傍にいれば、いつでも守ってあげられるからね」
ミックがフィオナを抱き締める。それはそれは、愛おしそうに。その様子に、フィオナの両親が見守るように穏やかに笑う。
──対して。
傍に控える使用人たちに、笑顔はなかった。
いつかの空を見る日まで
たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。
------------
復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。
悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。
中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。
どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。
(うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります)
他サイトでも掲載しています。
【完結】あなたから、言われるくらいなら。
たまこ
恋愛
侯爵令嬢アマンダの婚約者ジェレミーは、三か月前編入してきた平民出身のクララとばかり逢瀬を重ねている。アマンダはいつ婚約破棄を言い渡されるのか、恐々していたが、ジェレミーから言われた言葉とは……。
2023.4.25
HOTランキング36位/24hランキング30位
ありがとうございました!
【完結】婚約者様、王女様を優先するならお好きにどうぞ
曽根原ツタ
恋愛
オーガスタの婚約者が王女のことを優先するようになったのは――彼女の近衛騎士になってからだった。
婚約者はオーガスタとの約束を、王女の護衛を口実に何度も破った。
美しい王女に付きっきりな彼への不信感が募っていく中、とある夜会で逢瀬を交わすふたりを目撃したことで、遂に婚約解消を決意する。
そして、その夜会でたまたま王子に会った瞬間、前世の記憶を思い出し……?
――病弱な王女を優先したいなら、好きにすればいいですよ。私も好きにしますので。
なにひとつ、まちがっていない。
いぬい たすく
恋愛
若くして王となるレジナルドは従妹でもある公爵令嬢エレノーラとの婚約を解消した。
それにかわる恋人との結婚に胸を躍らせる彼には見えなかった。
――なにもかもを間違えた。
そう後悔する自分の将来の姿が。
Q この世界の、この国の技術レベルってどのくらい?政治体制はどんな感じなの?
A 作者もそこまで考えていません。
どうぞ頭のネジを二三本緩めてからお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる