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3 入学式から七日目 放課後
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人のまばらになった売店で、売れ残りのパンを買った。なるべく中に何も入っていない、塩味のパンを4つ。それと、オレンジジュース2つ。店員の手元を睨むように見る。不審な動きは無さそうだ。
差し出された品物は、似たような目付きをしたマクシムが受け取った。彼は、追加でスコーンを頼んでいる。
「あの子に渡す機会があれば、と。」
シリルを見ながら、マクシムは言った。よほど、気にかかるらしい。
彼らは黙って中庭のベンチに座り、生きるための食事をした。普通は、護衛騎士は一緒に食べたりしないのであるが、毒見役兼侍従が今朝、また一人いなくなり、護衛騎士も、七日で二人辞めた。交代要員がいない。今、食べておかなければ、マクシムの昼食時間もないのである。離れる気もない。
「ずいぶん、気にしているのだな。」
何とか、パンを一つ体内に納めて、シリルは言った。後は、オレンジジュースで乗りきろう。
「彼女は……殿下より、死に近いです。」
マクシムは、二つパンを食べ終えて、三つ目を見ながら答えた。騎士がこれでは、全く足りないことだろう。だが、シリルに仕え始めてたったの七日で、すっかり食が細くなってしまった。まず、食べる暇がない。信用のおける交代の護衛騎士がおらず、どうしても、ずっと付いていることになる。その上、しょっちゅう毒を盛られている食事を見ていれば、自ずと食欲も落ちるというものだ。だが、食べて鍛えなければ、大切な主を守れない。彼もまた、食事の楽しさを失った一人であった。
「もし、殿下がよろしければ。」
「ああ。」
「帰りに、あの子を寮まで送りたいのですが。」
「ああ。」
自分より死に近い、と評された少女を思い浮かべながら、シリルは頷いた。
放課後、保健室にリュシルはいなかった。ベッドには、ほのかに温もりがある。まだ近くにいそうだと寮までの道を辿ると、予想通り、途中の道でうずくまっているのを見つけた。関り合いになりたくないのか、通りかかる生徒は誰も声をかけずに通りすぎて行く。
「お嬢様。」
マクシムは、躊躇わずに声をかけた。また、リュシルの意識はほとんど無いようで、少し身動ぎしただけだった。
「お部屋までお連れ致します。お体に触れることをお許しください。」
肩の短めのマントを外して、くるりとくるんでしまうと、横にいたシリルに小さな声で言った。
「女子寮には入れませんし、保健室にも戻したくありません。とりあえず、殿下の侍従部屋へ運んでもよろしいでしょうか?」
シリルが頷くのを見て、ほっとした顔で立ち上がる。
王族や高位貴族は、寮でも侍従や侍女の世話を受け、護衛騎士にも守られているため、本人の部屋の両隣に侍従の部屋と騎士の部屋がある。今朝、誰もいなくなってしまった侍従部屋のベッドにリュシルを寝かせると、二人はほっと息をついた。令嬢を連れ込んだとでも噂になれば、一大事であるため、気が気ではなかったのだ。
リュシルは、すぐに目を覚ましてひどく驚いた。どうやってベッドに辿り着いたのか、まったく分からない。怠い身体を何とか起こそうとするが、掛けてある布団さえ重かった。
「気がつかれましたか?」
優しい声に顔を向け、ぼんやりとしか見えないことに気付く。気合いを入れないと見えない、と頑張ってみるが、どうにも上手くいかず、諦めて声を出した。
「助けて…頂いたの…でしょうか?」
声はひどく掠れて、なかなか上手く発音もできなかった。話した後に、喉がひきつれて咳き込む。
「失礼します。」
優しい手がそっと身体を起こして背中をさすり、水を飲ませてくれた。
「ああ…」
ほっと息を吐く。喉が渇いていたのだ。そんなことも、分かっていなかった。身体中に水分が沁みていくような気がする。
「美味しい……美味しいです。」
安心したように、優しい手がもう一度布団へと寝かせてくれた。その横にもぼんやりと人影が見え、覗きこむのが分かる。
「見えているだろうか?不安であろう?ここは、私の侍従部屋だ。私はシリル・シュバリエ。隣は護衛騎士のマクシム・ベルナールだ。」
は、とリュシルは息を飲んだ。貴族の娘が、その名を知らぬわけがない。慌てて起き上がろうとして、やはりできずにベッドに沈みこむ。
「ご、ご無礼を。殿下!」
「無理をするな、そのままで良い。」
「は、は…、誠に申し訳なく…。私は、リュシル・ブラン。ブラン子爵家長女にございます。」
動くことはできないながらも、リュシルはしっかりと挨拶を返した。その様子に、ベッドサイドの二人は顔を見合わせる。思っていたより、しっかりした気質の娘のようだ。その時、リュシルの腹がぐう、と音を立てた。水を飲んで、動き始めたのだろう。真っ赤になって目をつむる少女を見て、マクシムは微笑んだ。
「殿下。厨房でスープをもらえないか聞いて参ります。夕食には早いですが、我々には何か食べ物が必要なようです。」
差し出された品物は、似たような目付きをしたマクシムが受け取った。彼は、追加でスコーンを頼んでいる。
「あの子に渡す機会があれば、と。」
シリルを見ながら、マクシムは言った。よほど、気にかかるらしい。
彼らは黙って中庭のベンチに座り、生きるための食事をした。普通は、護衛騎士は一緒に食べたりしないのであるが、毒見役兼侍従が今朝、また一人いなくなり、護衛騎士も、七日で二人辞めた。交代要員がいない。今、食べておかなければ、マクシムの昼食時間もないのである。離れる気もない。
「ずいぶん、気にしているのだな。」
何とか、パンを一つ体内に納めて、シリルは言った。後は、オレンジジュースで乗りきろう。
「彼女は……殿下より、死に近いです。」
マクシムは、二つパンを食べ終えて、三つ目を見ながら答えた。騎士がこれでは、全く足りないことだろう。だが、シリルに仕え始めてたったの七日で、すっかり食が細くなってしまった。まず、食べる暇がない。信用のおける交代の護衛騎士がおらず、どうしても、ずっと付いていることになる。その上、しょっちゅう毒を盛られている食事を見ていれば、自ずと食欲も落ちるというものだ。だが、食べて鍛えなければ、大切な主を守れない。彼もまた、食事の楽しさを失った一人であった。
「もし、殿下がよろしければ。」
「ああ。」
「帰りに、あの子を寮まで送りたいのですが。」
「ああ。」
自分より死に近い、と評された少女を思い浮かべながら、シリルは頷いた。
放課後、保健室にリュシルはいなかった。ベッドには、ほのかに温もりがある。まだ近くにいそうだと寮までの道を辿ると、予想通り、途中の道でうずくまっているのを見つけた。関り合いになりたくないのか、通りかかる生徒は誰も声をかけずに通りすぎて行く。
「お嬢様。」
マクシムは、躊躇わずに声をかけた。また、リュシルの意識はほとんど無いようで、少し身動ぎしただけだった。
「お部屋までお連れ致します。お体に触れることをお許しください。」
肩の短めのマントを外して、くるりとくるんでしまうと、横にいたシリルに小さな声で言った。
「女子寮には入れませんし、保健室にも戻したくありません。とりあえず、殿下の侍従部屋へ運んでもよろしいでしょうか?」
シリルが頷くのを見て、ほっとした顔で立ち上がる。
王族や高位貴族は、寮でも侍従や侍女の世話を受け、護衛騎士にも守られているため、本人の部屋の両隣に侍従の部屋と騎士の部屋がある。今朝、誰もいなくなってしまった侍従部屋のベッドにリュシルを寝かせると、二人はほっと息をついた。令嬢を連れ込んだとでも噂になれば、一大事であるため、気が気ではなかったのだ。
リュシルは、すぐに目を覚ましてひどく驚いた。どうやってベッドに辿り着いたのか、まったく分からない。怠い身体を何とか起こそうとするが、掛けてある布団さえ重かった。
「気がつかれましたか?」
優しい声に顔を向け、ぼんやりとしか見えないことに気付く。気合いを入れないと見えない、と頑張ってみるが、どうにも上手くいかず、諦めて声を出した。
「助けて…頂いたの…でしょうか?」
声はひどく掠れて、なかなか上手く発音もできなかった。話した後に、喉がひきつれて咳き込む。
「失礼します。」
優しい手がそっと身体を起こして背中をさすり、水を飲ませてくれた。
「ああ…」
ほっと息を吐く。喉が渇いていたのだ。そんなことも、分かっていなかった。身体中に水分が沁みていくような気がする。
「美味しい……美味しいです。」
安心したように、優しい手がもう一度布団へと寝かせてくれた。その横にもぼんやりと人影が見え、覗きこむのが分かる。
「見えているだろうか?不安であろう?ここは、私の侍従部屋だ。私はシリル・シュバリエ。隣は護衛騎士のマクシム・ベルナールだ。」
は、とリュシルは息を飲んだ。貴族の娘が、その名を知らぬわけがない。慌てて起き上がろうとして、やはりできずにベッドに沈みこむ。
「ご、ご無礼を。殿下!」
「無理をするな、そのままで良い。」
「は、は…、誠に申し訳なく…。私は、リュシル・ブラン。ブラン子爵家長女にございます。」
動くことはできないながらも、リュシルはしっかりと挨拶を返した。その様子に、ベッドサイドの二人は顔を見合わせる。思っていたより、しっかりした気質の娘のようだ。その時、リュシルの腹がぐう、と音を立てた。水を飲んで、動き始めたのだろう。真っ赤になって目をつむる少女を見て、マクシムは微笑んだ。
「殿下。厨房でスープをもらえないか聞いて参ります。夕食には早いですが、我々には何か食べ物が必要なようです。」
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