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1 入学式から七日目 朝

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 学園の授業中の廊下を、なるべくそっと歩く。何とか三時限目の授業には参加できそうだ、と息を吐く。

 今朝の毒はひどかった。遅効性だったので、毒見役の侍従の命は危ないかもしれない。どんどん巧妙になってくる。そして、いつ誰がどこで入れているのか、まったく調べがつかない、との報告が恐ろしい。入学式から、たったの七日。三人つけてもらった侍従は皆、毒に倒れた。代わりは来ない。

 これでも第一王子なのにね、とシリルは心の中で呟いた。簡単に毒を盛られすぎである。毒見役がいて、死ぬほどの量を口にはしていないようだとはいえ、排出されない毒素がどんどん身体の中に溜まり、最近では皮膚の色も所々、紫に変色してきている。金の髪もくすんだ色になってしまった。目の下の隈は、まるで生まれた時からあったかのようだ。毒を盛られ続け、毒見役がばたばたと倒れるのを見てきた。食べ物を味わうことができないため、生きるための最小限しか食べない彼の身体は、12歳の平均よりかなり小さく細かった。もうかなり、生きることに疲れていたが、昨年、病死した母との約束を守ろうと、何とか日々を過ごしてきたのだ。
 王様をお願いね、と母は言った。一人にしないであげて、と。ずっと二人の側にいるとの約束を先に破っておいて、勝手なものだ。だが、たぶん、母の身体も毒に対抗する限界が来たのだろう。本人のせいではないので文句も言えやしない。

 何だか歩いているだけで疲れて、やはり今日は休もうかと思ったとき、廊下の壁にもたれかかる小さな令嬢を見つけた。
 シリルと同じか、更に小さく見えるその姿は、とても、学園の入学年齢である12歳に達しているとは思えないほどである。真っ青な顔で、今にもうずくまりそうになりながら、少しづつ廊下を進む。
 シリルは、後ろにずっと付いていた護衛騎士であるマクシムを振り返った。彼は黙って頷く。

「失礼します、お嬢様。」

 素早く令嬢に近付くと、小さいけれど、しっかりした声で話しかけた。びくり、と少女の肩がはねる。人の気配に、まったく気付いてはいなかったようである。顔を上げて、きょろきょろと辺りを見回しているが、焦点が合わない。
 これは駄目だ、とマクシムは思った。もう、倒れる寸前である。何故、教師はこんな状態の子どもを一人で廊下に出したのかと、怒りすら湧いてきた。

「保健室へお運び致します。お体に触れること、お許しください。」

 真面目な騎士らしく、そう口にすると、返事は聞かずに抱き上げた。マクシムは、騎士にしては細身であるが、王子の護衛騎士をするだけの力と腕っぷしはある。驚いた彼女が少々動いてもびくともしなかったが、あまりの軽さに、マクシムの方が驚いてしまった。

「殿下。」

 うん、とシリルは頷く。一人で教室に行くのも危ない。マクシムと離れない方が良いだろう、と踵を返し、先ほど出てきたばかりの保健室へと歩き始めた。

 
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