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二十五 布団二つ
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「松木様が、嫁さん連れて帰った!」
与兵衛長屋は大騒ぎとなった。日の長い季節だ。夕刻ではあるが、まだ人の顔は窺えた。長屋の者全員が出てくるのではないか、という勢いであちこちの戸が開く。
「このお人が、噂の三味線のお師さんかい?」
「おみっちゃんのお師さん?若いのねえ」
「別嬪さんだよ」
「随分、ほっそりとしておいでだ。もっとしっかり食べるんだよ」
かよの外見を遠慮なく観察するもの。
「松木様はね。こう、なかなか胸のうちを明かさないかもしれないけれど、良い男だから。見捨てないでやっておくれね」
「黙って荷物を持ってくれたり、子どもの遊びに付き合ってくれたりして、厳つい見かけだけれど、とてもお優しいからね」
松木の良いところを、かよに伝えようとするもの。
「与兵衛長屋の布団は、一時、とんでもなく評判になったほどの逸品だよ。あれで一度寝たら、他の布団じゃ寝れやしないよ」
与兵衛長屋の良さを伝えようとするもの。
わあわあと群がる女衆に圧倒されて、それこそ、松木が口を開く暇などありはしない。
急なことであったから、かよも、目をぱちぱちと瞬かせながら与兵衛長屋の面々の話を聞いているばかりであった。
おはるの主張はこうだ。
清介さんは、あの部屋からしばらく動かせそうもない。おこうさんと積もる話もあるだろう。そうなると、かよさんの寝る布団がない。こうなったからにはもう、かよさんは、許嫁の松木様の部屋で寝るしかない。
いや、そうなのか?と松木は首を傾げた。
三味線の稽古場にしている部屋を片付けて、貸布団を一つ借りてきたらいいのではないか?
だが、松木がそれを口にする前に、共に居たおつのが、それしか無いわ!と小さな手を、ぱちんと打ち鳴らしたのだ。もちろん、おそめも、そうよそうよ、と囃し立てる。おつのとおそめの女中たちも大きく頷いて、あっという間に話は纏まってしまった。……かよも知らぬうちに。
くすくすと笑っているだけだったおみつも、与兵衛長屋に着くなりおかめに報告した所をみると、賛成だったようである。
そうして松木は、表店のご隠居の所へ連れて行かれた。松木の説明を待っていては日が暮れることは、皆、承知している。しっかりついてきたおみつが、本日の事情を話して、かよのための布団一式はあっさりと貸し出された。
松木は、おかめとおみつの見張りの下、軽く部屋の掃除もさせられた。男やもめの部屋なりの体裁を整え、布団を二つ並べて置けば、とっとと迎えに行っておいで、と追い出された次第である。
途中、外回りから長屋へ帰ってきた田端が、布団が二つ敷かれた部屋を覗いてやんやとはやし立てた。
「なんて事だ。いやあ、なんて事だ」
「何が」
「はーっはっはっはっはっ。貴殿は、初夜は知っておるか?」
「本日は、そういう訳ではない」
「ああ、そうだな。いやあ、全くだ」
「なんだ」
「いやいやいや。実に羨ましい」
「……」
むむむ、と松木が悩んでいる間に、とっとと許嫁殿をお迎えに行ってきなされ、とおかめに与兵衛長屋を追い出された。
その日最後の弟子たちを見送ったかよには、おはるが説明した。かよは、おこうと清介を二人にして差し上げたい、と願ったので、あっという間に松木は、かよと連れ立って与兵衛長屋へ帰ることとなった。
二人でのんびり歩き帰り着いた先では、長屋総出の大歓迎、と言うわけである。
「皆様、末永く、よろしくお願い致します」
少し落ち着いた話の合間を縫って、かよが上品に頭を下げれば、また、与兵衛長屋は大きな歓声に包まれた。
与兵衛長屋は大騒ぎとなった。日の長い季節だ。夕刻ではあるが、まだ人の顔は窺えた。長屋の者全員が出てくるのではないか、という勢いであちこちの戸が開く。
「このお人が、噂の三味線のお師さんかい?」
「おみっちゃんのお師さん?若いのねえ」
「別嬪さんだよ」
「随分、ほっそりとしておいでだ。もっとしっかり食べるんだよ」
かよの外見を遠慮なく観察するもの。
「松木様はね。こう、なかなか胸のうちを明かさないかもしれないけれど、良い男だから。見捨てないでやっておくれね」
「黙って荷物を持ってくれたり、子どもの遊びに付き合ってくれたりして、厳つい見かけだけれど、とてもお優しいからね」
松木の良いところを、かよに伝えようとするもの。
「与兵衛長屋の布団は、一時、とんでもなく評判になったほどの逸品だよ。あれで一度寝たら、他の布団じゃ寝れやしないよ」
与兵衛長屋の良さを伝えようとするもの。
わあわあと群がる女衆に圧倒されて、それこそ、松木が口を開く暇などありはしない。
急なことであったから、かよも、目をぱちぱちと瞬かせながら与兵衛長屋の面々の話を聞いているばかりであった。
おはるの主張はこうだ。
清介さんは、あの部屋からしばらく動かせそうもない。おこうさんと積もる話もあるだろう。そうなると、かよさんの寝る布団がない。こうなったからにはもう、かよさんは、許嫁の松木様の部屋で寝るしかない。
いや、そうなのか?と松木は首を傾げた。
三味線の稽古場にしている部屋を片付けて、貸布団を一つ借りてきたらいいのではないか?
だが、松木がそれを口にする前に、共に居たおつのが、それしか無いわ!と小さな手を、ぱちんと打ち鳴らしたのだ。もちろん、おそめも、そうよそうよ、と囃し立てる。おつのとおそめの女中たちも大きく頷いて、あっという間に話は纏まってしまった。……かよも知らぬうちに。
くすくすと笑っているだけだったおみつも、与兵衛長屋に着くなりおかめに報告した所をみると、賛成だったようである。
そうして松木は、表店のご隠居の所へ連れて行かれた。松木の説明を待っていては日が暮れることは、皆、承知している。しっかりついてきたおみつが、本日の事情を話して、かよのための布団一式はあっさりと貸し出された。
松木は、おかめとおみつの見張りの下、軽く部屋の掃除もさせられた。男やもめの部屋なりの体裁を整え、布団を二つ並べて置けば、とっとと迎えに行っておいで、と追い出された次第である。
途中、外回りから長屋へ帰ってきた田端が、布団が二つ敷かれた部屋を覗いてやんやとはやし立てた。
「なんて事だ。いやあ、なんて事だ」
「何が」
「はーっはっはっはっはっ。貴殿は、初夜は知っておるか?」
「本日は、そういう訳ではない」
「ああ、そうだな。いやあ、全くだ」
「なんだ」
「いやいやいや。実に羨ましい」
「……」
むむむ、と松木が悩んでいる間に、とっとと許嫁殿をお迎えに行ってきなされ、とおかめに与兵衛長屋を追い出された。
その日最後の弟子たちを見送ったかよには、おはるが説明した。かよは、おこうと清介を二人にして差し上げたい、と願ったので、あっという間に松木は、かよと連れ立って与兵衛長屋へ帰ることとなった。
二人でのんびり歩き帰り着いた先では、長屋総出の大歓迎、と言うわけである。
「皆様、末永く、よろしくお願い致します」
少し落ち着いた話の合間を縫って、かよが上品に頭を下げれば、また、与兵衛長屋は大きな歓声に包まれた。
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