【完結】長屋番

かずえ

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七 後ろ髪

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 果たして予想通り、入れ違いに三人の男衆が稽古場へ入っていった。もちろんかよも、稽古を付けるために共に入っていく。稽古場の戸を、完全に閉めることは無かったが、中はほとんど見えなかった。

「大丈夫なのか」

 松木が思わずぽつりと呟けば、おつのが小さな顎をつんと上げた。

「松木様、そのような不埒なお人ばかりではございません」
「そうよ。さっきのお人が例外です。おこうさんの稽古を受けるのは、なかなか大変な事なんですから」
「ええ?私、そんな大変な所に来てしまっていいのかしら?全く素養がないってのに」

 おみつがおそめの言葉に不安な声を上げた。

「もちろん、いいわよ。私たちの馴染みなんですもの」
「おみつちゃんと一緒に通えたらいいなあっておつのちゃんと話していたの。だから嬉しいわ」

 おみつは、二人とは最近湯屋ゆやで知り合ったと言っていたが、随分と懐かれたものである。知り合ってからずっとおみつを傍らから離さなかった作次のことを思えば、おみつは年若の者たちによく懐かれるたちなのかもしれない。
 自分とはえらい違いだ、と考えていたから、物怖じしない娘たちが松木のぼそりとした呟きも拾って返事を返してくれるのが奇妙な心地もする。

「いつも、習っている弟子の紹介からしか弟子をお取りにならないんだから、滅多なことがあるはずないのよ」

 松木は、おつのの説明に驚いた。
 そういう決まりであるのなら、先ほどの男は紹介してくれた者の顔にも泥を塗ったということだ。そのことも頭から抜けてしまうほど、あの娘に懸想したということか。細い体と浅黒い肌は、松木の知る元許嫁の姿からは程遠い。
 戸の向こうからは、すぐにかよの手本らしき音が響き始めた。幽玄な響きは、さしも不調法の松木の心をも浮き立たせた。
 
「さよ……」

 三味線も弾けるとは知らなんだ。は、とにかくことが上手いと評判で、まだ若いのに城に招かれて演奏したこともあるのだと聞いた。さよが松木の許嫁となったことを知った者が、道場で剣を振るばかりの松木に教えてくれたのだ。
 お前のような朴念仁には勿体ない、と面と向かって言われたこともある。その通りだ、自分は果報者だと答えたら、その者は松木を鋭く睨みつけて去った。
 三味線が聞こえる中を帰路に着く。後ろ髪引かれるのは心配だからか。あの娘がさよだと思っているからか。
 ことは幾度か聞かせてもらったが、そちらを聞いても、それがさよの箏の音だと分かるかどうかは自信がない。

「松木様。かよ師匠せんせいよ?」

 相変わらず、松木のぼそりとした呟きも聞き逃さないおつのが訂正する。

「小師匠せんせいの名前はかよさんだよ」

 おそめもそう言って笑った。

「ああ」

 短く答える松木を、おみつが訝しげに見ていた。
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