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395 ◇わくわく
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回転寿司屋はよく混んでいた。晃の実家の近くにある回転寿司屋もいつもよく混んでいるので、見慣れた光景だ。実家近くの店なら、母が携帯電話に登録したアプリから予約を取って出かけることが多いので、ほとんど待つことなく席につける。こうして店で順番を待つのは久しぶりだった。
晃は、手を繋いだままの一太の様子を伺う。順番待ちの予約の機械の操作を食い入るように見ていた一太は今は、店内のあちこちに貼ってあるチラシや案内を真剣に見ていた。
「いっちゃん、お寿司好き?」
「分かんない」
「そっか」
そうかな、という気はしていた。給食や学食に無いメニューは、一太の中に無いメニューということだろう。スーパーなどの惣菜コーナーでも割高なお寿司を一太が見ている姿を、晃は一度も見たことがない。どちらかというと買いやすい値段のいなりや巻き寿司も、ご飯を買うという発想が基本的にない一太が選ぶことはなかった。ご飯は家にある、無くても炊けばいいのだからご飯を買うことはない。今日は食事は買って帰ろうという時にも、必ずおかずを選ぶのだ。肉や揚げ物の方が好きな晃も、お寿司を買うことはなかった。
実家に帰った時にも、久しぶりだと特に、母は晃と一太の好物ばかりを出してくれようとする。つまり、あまり魚のメニューが出てくることはない。食べられる物なら何でも大丈夫、という一太だけれど、好みのものがそれなりにあることは分かっていた。とりあえず、カレーと唐揚げとすき焼きと焼肉が間違いなく好きなことを、晃も陽子も誠も知っている。お寿司も好きだといいなあ、と晃はわくわくした。
番号を呼ばれて席に着くと、一太はくるくると回っているレーンに釘付けになった。初めてなら、流れていくお寿司を手元に取りながら食べるのは大変かと思ってレーン横には晃が座ったが、席を変わった方がいいだろうか。だが、席を変わろうかとの晃の申し出には一太は首を横に振った。それなら、と紙のメニューを渡すと真剣な顔で眺めはじめる。晃はそんな一太を楽しく見守っていた。
「晃、お茶」
「あ、うん」
家族で回転寿司屋に来ると、お茶を全員分準備するのは晃の仕事だった。小さい頃にやりたがったから、それがそのまま習慣になった感じだ。そうして全員分準備しておいて、自分はそのお茶が熱すぎて飲めずに、離れた場所にあるお水を取りに行って飲む。それを笑われる所までが一セットだった。
晃はそんな事を思い出しながら、湯呑みをレーンの上の台から四つ下ろし、粉茶をひと振りずつ入れる。一太の視線を感じたので、ゆっくりと作業した。昔は両手で必死に押していたお湯の出る蛇口に、片手で軽く湯呑みを押しつけてお湯を出す。
「これ、温かいお茶。お代わり自由」
「へええ」
「やってみる?」
「やりたい」
だよね。これ、やりたいよね。
晃は、回転寿司屋で昔、凄くわくわくしていた気持ちを思い出して、にこにこ笑った。
晃は、手を繋いだままの一太の様子を伺う。順番待ちの予約の機械の操作を食い入るように見ていた一太は今は、店内のあちこちに貼ってあるチラシや案内を真剣に見ていた。
「いっちゃん、お寿司好き?」
「分かんない」
「そっか」
そうかな、という気はしていた。給食や学食に無いメニューは、一太の中に無いメニューということだろう。スーパーなどの惣菜コーナーでも割高なお寿司を一太が見ている姿を、晃は一度も見たことがない。どちらかというと買いやすい値段のいなりや巻き寿司も、ご飯を買うという発想が基本的にない一太が選ぶことはなかった。ご飯は家にある、無くても炊けばいいのだからご飯を買うことはない。今日は食事は買って帰ろうという時にも、必ずおかずを選ぶのだ。肉や揚げ物の方が好きな晃も、お寿司を買うことはなかった。
実家に帰った時にも、久しぶりだと特に、母は晃と一太の好物ばかりを出してくれようとする。つまり、あまり魚のメニューが出てくることはない。食べられる物なら何でも大丈夫、という一太だけれど、好みのものがそれなりにあることは分かっていた。とりあえず、カレーと唐揚げとすき焼きと焼肉が間違いなく好きなことを、晃も陽子も誠も知っている。お寿司も好きだといいなあ、と晃はわくわくした。
番号を呼ばれて席に着くと、一太はくるくると回っているレーンに釘付けになった。初めてなら、流れていくお寿司を手元に取りながら食べるのは大変かと思ってレーン横には晃が座ったが、席を変わった方がいいだろうか。だが、席を変わろうかとの晃の申し出には一太は首を横に振った。それなら、と紙のメニューを渡すと真剣な顔で眺めはじめる。晃はそんな一太を楽しく見守っていた。
「晃、お茶」
「あ、うん」
家族で回転寿司屋に来ると、お茶を全員分準備するのは晃の仕事だった。小さい頃にやりたがったから、それがそのまま習慣になった感じだ。そうして全員分準備しておいて、自分はそのお茶が熱すぎて飲めずに、離れた場所にあるお水を取りに行って飲む。それを笑われる所までが一セットだった。
晃はそんな事を思い出しながら、湯呑みをレーンの上の台から四つ下ろし、粉茶をひと振りずつ入れる。一太の視線を感じたので、ゆっくりと作業した。昔は両手で必死に押していたお湯の出る蛇口に、片手で軽く湯呑みを押しつけてお湯を出す。
「これ、温かいお茶。お代わり自由」
「へええ」
「やってみる?」
「やりたい」
だよね。これ、やりたいよね。
晃は、回転寿司屋で昔、凄くわくわくしていた気持ちを思い出して、にこにこ笑った。
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