【完結】ぎゅって抱っこして

392 自分にとっての普通のこと

「聞いてんのか！　おい！　おいって。お前、やっぱ普通じゃねえ。普通じゃねえよ！　母親を、死んだ母親をそんな簡単に、引き取らねえって、そんな」
「望のぞむ。俺は引き取らない。あの人は、俺がそばに居ることをあんなに嫌がってたんだ。望みを叶えてあげよう。骨になっても俺の側に置かれるなんて苦痛でしかないと思うよ？　俺も、そばに居たいと思ったことは一度もないしね。これが俺の普通。やっと離れられるんだから、あの人は喜んでくれると思う」
「まじで……？ 」

　望のぞむは誠に腕を掴まれたまま立ち尽くし、一太の肩には晃の手が置かれた。

「村瀬望のぞむさん。あなたがもしお母様のご遺体の引き取りをご希望されるなら、そうすることもできます。あなたにもその権利があります。ただ、あなたは未成年ですので保護者の同意が必要です。今なら、あなたの保護者はお父様となります。お父様が、お母様のご遺体を引き取って葬儀を出し埋葬することに同意してくださるのなら、こちらと致しましても助かります。もし、そちらをご希望されるというのであれば、今すぐにお父様にご連絡を取って頂き、同意を得てくださいますか」

　鈴木が、望のぞむの方へ体を向けて早口で説明した。書類は一太へ向かって差し出しながら。

「は？」
「村瀬一太さんがお母様のご遺体を自治体に任せることにご納得頂けないのであれば、あなたが、お母様のご遺体を引き取って葬儀、埋葬を行いますか、とお聞きしています」
「あ、ああ。ああ、そうする」

　鈴木が話を短く切って説明すると、望のぞむは勢い込んで頷いた。

「では、あなたは未成年ですので保護者の同意が必要です。お父様に今すぐ連絡して同意を取って頂けますか？」
「え？」
「葬儀を出して埋葬するのにはお金がかかります。ご遺体の引き取りの権利者が未成年の場合は、保護者の方の同意が必要なのです」
「保護者……。いや、俺は、自分で」
「いえ。未成年の方に決定権はありません。保護者の方の同意が得られないのであれば、成人していらっしゃる村瀬一太さんの決定の通りに、この後の手続きを進めることになります」
「じゃ、じゃあ！　じゃあ俺が成人するまで待て！　それから。それから引き取って」
「ご遺体を置いておくことはできません。速やかに退院するようにと、この後病院側から説明をされると思います。お父様に連絡をして同意を得られないのであれば、自治体にお任せ頂くのが賢明かと思われます」
「同意なんて……」

　望のぞむは俯いて呟いた。連絡するまでもなく、同意が得られないことが分かっているのだろう。連絡しようとする素振りも見せなかった。

「五年間、お母様の御骨を埋葬せずに保管しておきますので、是非引き取りに来てあげてください。お母様も喜ばれると思いますよ」

　きっと、それが自分たちにとって一番丸く収まる方法なのだろう、と一太は思った。