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なんで、と言われても、そんなこと一太に分かるわけがない。あの人と一太が関わり合う事など、成長してからはほとんど無かった。あの人が一太に声を掛けてくるのは、虫の居所が悪い時だけ。八つ当たり、憂さ晴らしのため。一太は、そう気付いてからは、極力近寄らないようにしていた。そのくらいの知恵はあった。
「笑ってたの? あれ」
「笑ってただろうが」
「そうなのか」
そのことすら、一太にはよく分からなかった。
「は? 意味分かんねえ。見たら分かるだろうが」
「分からなかった」
「は?」
「よく分かんなかった」
「は。馬鹿なんじゃねえの。人の表情も分かんねえとか、だからお前は母さんに嫌われ……」
望は、言いかけた言葉を止めて一太の隣に立った晃を見上げた。
「なんだ、お前? やんのか?」
一太は呆れて望を見る。昔、じっと目を見返しただけで殴られたことがあった。一太が、望に喧嘩を売っている目付きだったとか何とか言っていた。売られた喧嘩は買って、その上で勝たなければ生きていけないのだと。その時の一太は、もう二度と望の目を見ないようにしようと思っただけであったが、今考えれば、望の生きている世界もだいぶおかしいものだった。
「望。俺はあの人や望の顔なんてあんまり見ていなかったから、よく分からなかった。あの人のことをよく知っている望が笑ったって言うのなら笑ったんだろうし、笑って逝けたのなら良かったんじゃないかな」
一太の心はとても落ち着いていて、落ち着いていられないらしい望のことを、不思議な気持ちで見ていた。
「はあ? まじでお前……」
「あ」
「なんだよ?」
そうか。望は、あの人が死んで悲しいのか。そうか。
一太は、ふいに気付いた。
悲しんでいる望と、そうではない自分に。
「俺はもうお別れは済んだから、後は役所の方にお任せしようと思う。あの人のもので受け取りたいものがあれば、全部望が受け取っていけばいい」
「……」
ぽかんと望は口を開けるが、一太にも望の気持ちは分からない。自分たちはどこまでも、ただ一緒に暮らしていただけの他人だった。
「そ、それでいいのかよ。お前、また来たって母さんが言ったってことは、前にも来てんだろ? そんだけ来てんのに、そんだけ会いたかったのに、そんな、だって、母さんが死、死ん、死んだ、のに」
最後の方は、望の声は震えていた。ああ、良かったね、と一太は、すでに顔もおぼろげなその人に胸のうちで話しかけた。あなたには、泣いてくれる人がいたよ。
本当に、一太の心は穏やかだった。
数ヶ月前に会いに来たあの日。あの人の意識がしっかりしているうちに、この子はいらないと叫んでくれたから。だから、一太はもう、あの時にお別れは済んでいたのだ。あの時は、親子であることを諦めきれていなかったから、いらないと改めて叫ばれて辛かったけれど。
もう一人じゃなかった。
あの時も、今も。
「望。あの人と俺の間には何にもない。だから、俺は何にもいらない」
「笑ってたの? あれ」
「笑ってただろうが」
「そうなのか」
そのことすら、一太にはよく分からなかった。
「は? 意味分かんねえ。見たら分かるだろうが」
「分からなかった」
「は?」
「よく分かんなかった」
「は。馬鹿なんじゃねえの。人の表情も分かんねえとか、だからお前は母さんに嫌われ……」
望は、言いかけた言葉を止めて一太の隣に立った晃を見上げた。
「なんだ、お前? やんのか?」
一太は呆れて望を見る。昔、じっと目を見返しただけで殴られたことがあった。一太が、望に喧嘩を売っている目付きだったとか何とか言っていた。売られた喧嘩は買って、その上で勝たなければ生きていけないのだと。その時の一太は、もう二度と望の目を見ないようにしようと思っただけであったが、今考えれば、望の生きている世界もだいぶおかしいものだった。
「望。俺はあの人や望の顔なんてあんまり見ていなかったから、よく分からなかった。あの人のことをよく知っている望が笑ったって言うのなら笑ったんだろうし、笑って逝けたのなら良かったんじゃないかな」
一太の心はとても落ち着いていて、落ち着いていられないらしい望のことを、不思議な気持ちで見ていた。
「はあ? まじでお前……」
「あ」
「なんだよ?」
そうか。望は、あの人が死んで悲しいのか。そうか。
一太は、ふいに気付いた。
悲しんでいる望と、そうではない自分に。
「俺はもうお別れは済んだから、後は役所の方にお任せしようと思う。あの人のもので受け取りたいものがあれば、全部望が受け取っていけばいい」
「……」
ぽかんと望は口を開けるが、一太にも望の気持ちは分からない。自分たちはどこまでも、ただ一緒に暮らしていただけの他人だった。
「そ、それでいいのかよ。お前、また来たって母さんが言ったってことは、前にも来てんだろ? そんだけ来てんのに、そんだけ会いたかったのに、そんな、だって、母さんが死、死ん、死んだ、のに」
最後の方は、望の声は震えていた。ああ、良かったね、と一太は、すでに顔もおぼろげなその人に胸のうちで話しかけた。あなたには、泣いてくれる人がいたよ。
本当に、一太の心は穏やかだった。
数ヶ月前に会いに来たあの日。あの人の意識がしっかりしているうちに、この子はいらないと叫んでくれたから。だから、一太はもう、あの時にお別れは済んでいたのだ。あの時は、親子であることを諦めきれていなかったから、いらないと改めて叫ばれて辛かったけれど。
もう一人じゃなかった。
あの時も、今も。
「望。あの人と俺の間には何にもない。だから、俺は何にもいらない」
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