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388 またきた
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「なあ」
何も答えない一太に焦れたように振り返った望は、は? と顔を歪めた。
「何、離れてってんの?」
いつの間にか望から結構な距離ができている。一太からは、もうベッドに横たわる人の顔も見えなかった。
「意味分かんねえ」
望が近寄ってこようとするので、一太は黙って出入り口の扉付近まで後ずさる。
「なんだ、そりゃ。何しに来たんだ、お前」
む、とした顔をした望は、けれど大人しくベッド横に戻った。
一太は、ほっとしてその場に佇む。
何しに来たかなんて、分からない。本当に。ただ、ここにいられるのが望と自分の二人だけだった。ただそれだけ。
「何しに来たんだろう」
思わず漏れた一太の言葉に望が振り返って。まじまじと一太の顔を見た。
しばらくして、へらと笑う。
「意味分かんねえ。遺産をもらいに来たとか、何か文句言いにきたとかじゃねえの?」
また口を閉じた一太に向かって、望はべらべらと話し続けた。
「てかお前、臭くね? 何? 焼肉? 焼肉とか食ってんの? いい格好してさ。いい生活してるんなら、俺にもおすそ分けしてくれよな」
「……」
「俺なんてさ、父親とかいう男の家に無理やり連れて行かれて、でも、そこに俺がいたら困るとかってさ。そこの子どもに会わせたくない、とか何とか言われて、家にいてほしくないからって寮のある高校とか入れられてさ。外出もそうそうできねえから、外食なんて夢のまた夢だよ。ガチガチの校則あって、毎日毎日うるさくてたまんねえ」
「……」
嫌な思いをして家に居なくて済む上に、学校にも通わせてもらっているなんて最高じゃないか、と一太は思ったが黙っていた。望の父という人は、かなり稼ぎのある人だったのだろう。そういえば、望の父が出ていった後も、住んでいる場所を追い出されることなく三人で住み続けていられた。あの家も、息子の望のために、出ていった父親が残してくれたものだったのかもしれない。
何となく、以前より落ち着いた様子の望を見て、一太はほっとした。その場所で、ちゃんと勉強して働きに出て、自分で暮らせるようになるといい。
「連絡きた時は、外出できる、ラッキーとか思ってたんだけど、本当に死にかけてるとか思わねえじゃん。何かさ、勝手だよな、こいつ」
望から見てもそうなのなら、相当なものだろう。
「遺産あんのかな」
あるわけが無い。あるとして借金だろう。そういう人だ。
「お前、どうすんの? あったら」
「いらない」
即答した一太に、望が目を見開いた。
「あ? 遺産だぜ? 金じゃなくてもさ、なんかこう、この人の何か」
「欲しいものなんて、ないよ」
「いや、お前ほんと、何で……」
その時、規則的だった機械音が少し乱れた。
「あ?」
振り返った望につられて、一太もベッドの横に近寄る。
女の目が開いていた。
「あ? 起きたのか、お前……」
女の目は、真っ直ぐに一太を見ていた。一太だけ。女の口が動く。
またきた、と。
それから、少しだけ口角を上げて目を閉じた。
繋がれた機械の音が、ピーピーピーピーとけたたましい音を立て始めて、看護士が病室に駆け込んできた。
何も答えない一太に焦れたように振り返った望は、は? と顔を歪めた。
「何、離れてってんの?」
いつの間にか望から結構な距離ができている。一太からは、もうベッドに横たわる人の顔も見えなかった。
「意味分かんねえ」
望が近寄ってこようとするので、一太は黙って出入り口の扉付近まで後ずさる。
「なんだ、そりゃ。何しに来たんだ、お前」
む、とした顔をした望は、けれど大人しくベッド横に戻った。
一太は、ほっとしてその場に佇む。
何しに来たかなんて、分からない。本当に。ただ、ここにいられるのが望と自分の二人だけだった。ただそれだけ。
「何しに来たんだろう」
思わず漏れた一太の言葉に望が振り返って。まじまじと一太の顔を見た。
しばらくして、へらと笑う。
「意味分かんねえ。遺産をもらいに来たとか、何か文句言いにきたとかじゃねえの?」
また口を閉じた一太に向かって、望はべらべらと話し続けた。
「てかお前、臭くね? 何? 焼肉? 焼肉とか食ってんの? いい格好してさ。いい生活してるんなら、俺にもおすそ分けしてくれよな」
「……」
「俺なんてさ、父親とかいう男の家に無理やり連れて行かれて、でも、そこに俺がいたら困るとかってさ。そこの子どもに会わせたくない、とか何とか言われて、家にいてほしくないからって寮のある高校とか入れられてさ。外出もそうそうできねえから、外食なんて夢のまた夢だよ。ガチガチの校則あって、毎日毎日うるさくてたまんねえ」
「……」
嫌な思いをして家に居なくて済む上に、学校にも通わせてもらっているなんて最高じゃないか、と一太は思ったが黙っていた。望の父という人は、かなり稼ぎのある人だったのだろう。そういえば、望の父が出ていった後も、住んでいる場所を追い出されることなく三人で住み続けていられた。あの家も、息子の望のために、出ていった父親が残してくれたものだったのかもしれない。
何となく、以前より落ち着いた様子の望を見て、一太はほっとした。その場所で、ちゃんと勉強して働きに出て、自分で暮らせるようになるといい。
「連絡きた時は、外出できる、ラッキーとか思ってたんだけど、本当に死にかけてるとか思わねえじゃん。何かさ、勝手だよな、こいつ」
望から見てもそうなのなら、相当なものだろう。
「遺産あんのかな」
あるわけが無い。あるとして借金だろう。そういう人だ。
「お前、どうすんの? あったら」
「いらない」
即答した一太に、望が目を見開いた。
「あ? 遺産だぜ? 金じゃなくてもさ、なんかこう、この人の何か」
「欲しいものなんて、ないよ」
「いや、お前ほんと、何で……」
その時、規則的だった機械音が少し乱れた。
「あ?」
振り返った望につられて、一太もベッドの横に近寄る。
女の目が開いていた。
「あ? 起きたのか、お前……」
女の目は、真っ直ぐに一太を見ていた。一太だけ。女の口が動く。
またきた、と。
それから、少しだけ口角を上げて目を閉じた。
繋がれた機械の音が、ピーピーピーピーとけたたましい音を立て始めて、看護士が病室に駆け込んできた。
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