【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
上 下
387 / 397

387 かわいそうな人

しおりを挟む
 病室の中にいた看護士は、一太を迎えるとすぐに出ていった。何かあればこちらのボタンを押してください、と病人の枕元のボタンを示して。
 もう本当に、これ以上回復のためにできることはないのだろう。この人に、危篤と聞いて駆けつける家族がいなかったから、側についていてくれたのだ。
 一太はベッドを見下ろした。
 痩せた女に繋がれた色んな機械だけが、ピッピッピッと音を出していた。回復の見込みがないのならそれは、命を繋ぐものではなく命の終わりを告げるためのもの。音に変化があったら、きっと女の命は終わりなのだ。
 かわいそうに、と一太は思った。
 かわいそうに。
 今際の際、そばに居るのは、この人が避けて避けて嫌がってきた人間だ。仕方ない。どうしても、一太に連絡が来るのだ。
 かわいそうに。
 この人は、一太から、逃げても逃げても逃げきれなくて、かわいそうだ。
 お前がいなければ幸せだった、といつも言っていたものなあ。三人で、のぞむのぞむの父親と仲良く暮らせたんだろう、きっと。今思い返しても、子どもの世話をするのが下手な人だったから、小さなのぞむの世話をちゃんとできたかどうかは怪しいけれど。
 しばらくそうして女の顔を眺めていたら、病室の扉がノックされ、けれど一太が答える前に開いた。
 案内の看護士が止める間もなく中に入ってきたのは。

「あ? 家族しか入れないんじゃなかったのかよ?」
のぞむ
「なんだ、その格好? 七五三か」

 学校の制服に見える服を着たのぞむは、ずかずかとベッド横に来て女を見下ろした。家族しか入れないんじゃなかったのかよ、と言いながらのぞむは、一太に出て行けとは言わなかった。
 一太は、後ろに下がってのぞむと距離を取った。すぐには手が届かない距離を。案内の看護士はすぐに出ていった。病室はあっという間に三人だけだ。ここにいるのが、家族という事なのか。世間で言うところの、家族。その三人がどう暮らしていたのかとか関係なく、最後の時に近くにいられる人。例えばこの女に、実はとても親しくしていた人間がいたとしても、結婚したりして同じ戸籍に入っていなければ、ここには入れない。
 おかしなものだ。
 でも、のぞむが来た。良かったね、と一太はのぞむともう少し距離を取りながら思う。
 
「本当に死にかけてやんの」

 しばらく黙って女を見下ろしていたのぞむが、ぽつりと言った。
 今まで来なかったのは、体調が悪いという話が、この人がのぞむを呼ぶための嘘だとでも思っていたのだろうか。
 よく似た二人だな、と一太は思った。
 
「昔のお前にそっくりだな、この顔」

 今は違うのなら、嬉しい。
しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

妹に悪役令嬢にされて隣国の聖女になりました

恋愛 / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:541

【完結】レイの弾丸

BL / 連載中 24h.ポイント:99pt お気に入り:345

処理中です...