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385 どうしたいのか分からない
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「電話か? 先に出なさい」
一太がポケットに手をやった事に気付いた誠が言った。車はエンジンをかけただけで、まだ出発していない。
「でも」
「かけ直すと電話代がかかるぞ」
さよならしてから、と思った一太に被せるように誠が言った。確かに、と思った一太は慌てて携帯電話を取り出す。鈴木、と名前が出ていた。
鈴木? 誰だっけ?
顔は思い浮かばなかったが、名前が表示されているということは、一太の知らない人では無いということだ。登録してある番号なら出なくてはいけない。
「もしもし。村瀬です」
「あ、すみません。村瀬一太さんの携帯電話でよろしかったでしょうか。今お電話大丈夫ですか?」
「あ、はい」
声を聞いても、一太には心当たりがなかった。もともと一太には、電話で話すような知り合いはほとんどいないのだ。
電話口の男は、役所の名前と所属を名乗った。
「あ。あの人の……」
「迷ったのですが一応連絡くらいは、と。その、お母さまなんですが……」
鈴木は、母が危篤であると一太に告げた。生活保護を受けながら入院し治療をしていたが、徐々に弱っていったこと、本人がとても会いたがっていた息子には一度も会えていないことを話してくれた。一太は静かに聞いていた。
「はい、分かりました。ご連絡ありがとうございます。あの、もしもの時のお葬式などを俺がしなくてはいけない、という連絡でしょうか」
「え? あ、いや……。いや弔いなどは、その、こちらで手配することもできるんですが、その……」
「あ、それなら、そちらでお願いしてもよろしいでしょうか。俺は、その人の縁のお墓がどこにあるかも知りませんので」
家族でない扱いであった一太には、知りようがない。盆や正月に、あの人や望、望の父が連れ立って出かけていた先が、先祖への弔いの場所なのか遊ぶための場所なのかも分からない。
「あの、いや。そう、ですね。葬儀と墓の件は了解致しました。けれどその前に、その、私が今回連絡したのは、その後の話ではなく、ですね。最後に一目会うならもしかして間に合うかと思ったからでして、その、葬儀のことまでは今は考えていなかったので戸惑ったと言いますか、その」
「あ、ああ」
しまったな。ひどく冷たい人間だと思われただろうか。最後に一目会うだなんて、思い浮かびもしなかった。
「…………」
「いっちゃん、電話はなんて?」
電話を耳に当てたまま黙り込んでしまった一太に、晃が声をかけてくる。
「え? ああ。俺を生んだ人が危篤だけど、会いに来ますかって言われて」
「え?」
「危篤?」
電話を耳から離して答えた一太の声に、晃と誠の声が重なった。
「もしもし。もしもし、村瀬さん?」
「え、あ、すみません。あの、俺」
俺は。
どうしたいんだろう。
危篤。もう命は助からない可能性が高い状態のことだ。すでに危篤なら、もう今から行っても間に合わないかもしれない。間に合ったって、一太が行ったらあの人には嫌がられるだろう。いや、もしかしてもう、嫌がることもできない状態なのか。
最後に一目? 最後……。
「一太。乗りなさい」
「え?」
「迷うなら、行くべきだ」
「いや、でも」
「最後だろう? 後悔を残してはいけない」
「あの人は、望んでないと思います」
「一太はどうなんだ?」
「俺は」
分からない。
「会うか会わないか、行ってから決めたらいい。乗りなさい」
一太の手の携帯電話を持ち上げた晃が、今から連れて行きます、と鈴木に返事をして通話を切った。
一太がポケットに手をやった事に気付いた誠が言った。車はエンジンをかけただけで、まだ出発していない。
「でも」
「かけ直すと電話代がかかるぞ」
さよならしてから、と思った一太に被せるように誠が言った。確かに、と思った一太は慌てて携帯電話を取り出す。鈴木、と名前が出ていた。
鈴木? 誰だっけ?
顔は思い浮かばなかったが、名前が表示されているということは、一太の知らない人では無いということだ。登録してある番号なら出なくてはいけない。
「もしもし。村瀬です」
「あ、すみません。村瀬一太さんの携帯電話でよろしかったでしょうか。今お電話大丈夫ですか?」
「あ、はい」
声を聞いても、一太には心当たりがなかった。もともと一太には、電話で話すような知り合いはほとんどいないのだ。
電話口の男は、役所の名前と所属を名乗った。
「あ。あの人の……」
「迷ったのですが一応連絡くらいは、と。その、お母さまなんですが……」
鈴木は、母が危篤であると一太に告げた。生活保護を受けながら入院し治療をしていたが、徐々に弱っていったこと、本人がとても会いたがっていた息子には一度も会えていないことを話してくれた。一太は静かに聞いていた。
「はい、分かりました。ご連絡ありがとうございます。あの、もしもの時のお葬式などを俺がしなくてはいけない、という連絡でしょうか」
「え? あ、いや……。いや弔いなどは、その、こちらで手配することもできるんですが、その……」
「あ、それなら、そちらでお願いしてもよろしいでしょうか。俺は、その人の縁のお墓がどこにあるかも知りませんので」
家族でない扱いであった一太には、知りようがない。盆や正月に、あの人や望、望の父が連れ立って出かけていた先が、先祖への弔いの場所なのか遊ぶための場所なのかも分からない。
「あの、いや。そう、ですね。葬儀と墓の件は了解致しました。けれどその前に、その、私が今回連絡したのは、その後の話ではなく、ですね。最後に一目会うならもしかして間に合うかと思ったからでして、その、葬儀のことまでは今は考えていなかったので戸惑ったと言いますか、その」
「あ、ああ」
しまったな。ひどく冷たい人間だと思われただろうか。最後に一目会うだなんて、思い浮かびもしなかった。
「…………」
「いっちゃん、電話はなんて?」
電話を耳に当てたまま黙り込んでしまった一太に、晃が声をかけてくる。
「え? ああ。俺を生んだ人が危篤だけど、会いに来ますかって言われて」
「え?」
「危篤?」
電話を耳から離して答えた一太の声に、晃と誠の声が重なった。
「もしもし。もしもし、村瀬さん?」
「え、あ、すみません。あの、俺」
俺は。
どうしたいんだろう。
危篤。もう命は助からない可能性が高い状態のことだ。すでに危篤なら、もう今から行っても間に合わないかもしれない。間に合ったって、一太が行ったらあの人には嫌がられるだろう。いや、もしかしてもう、嫌がることもできない状態なのか。
最後に一目? 最後……。
「一太。乗りなさい」
「え?」
「迷うなら、行くべきだ」
「いや、でも」
「最後だろう? 後悔を残してはいけない」
「あの人は、望んでないと思います」
「一太はどうなんだ?」
「俺は」
分からない。
「会うか会わないか、行ってから決めたらいい。乗りなさい」
一太の手の携帯電話を持ち上げた晃が、今から連れて行きます、と鈴木に返事をして通話を切った。
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