【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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383 どこにも「普通」は無かった

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 昼食は、お祝いという事で焼肉屋に入った。大学近くの、ランチが安い焼肉屋だ。ランチは、ご飯と汁物とサラダとお肉がセットになっていて、一番安いものは七百九十円。食べ放題でも千九百八十円という安さの店だ。この値段が、焼肉屋の中ではとんでもなく安いのだということを一太はもう知っている。本当に、この二年近くで色んなことを知った。

「私、焼肉屋さん初めて!」

 岸田が店内をきょろきょろと見渡しながら言ったので、一太はびっくりした。

「そうなの?」
「うん」

 自分以外の人は皆、どんな店屋にも遊び場にも行ったことがあって、同じ経験を重ねているのではないかと一太は思っていた。自分だけが何も知らず、普通ではないのではないか、と。
 そうではない。そうではなかったのだ。
 確かに、一太の経験はかなり少ない。小学校や中学校で当たり前に行くはずの社会見学や修学旅行にも行っていない。けれどそれは、一太だけじゃなかった。病気だった晃にも行っていない時期があった。晃にもできなかった学校行事があった。小学校で、水泳の授業に一度も参加していないことも同じだった。晃は、遊園地に行ったことはあっても乗り物にはほとんど乗ったことがなかったし、岸田はこうして、焼肉屋に来るのが初めてだと言った。それぞれに、してきたこととしていない事があるのだ。
 誰もが何かの習い事をできる訳じゃないから、ピアノが弾ける人も弾けない人もいる。大学でピアノ室が取り合いだったのは、一太と同じでピアノを習ったことのない者が結構いたことを表しているじゃないか。
 そう考えると、普通って何だろうと首を傾げてしまう。村瀬くんはおかしい、普通じゃないと言われ続けていたから、ずっと普通を探していたが、色んなことを知れば知るほど、一太には普通が分からなくなってきていた。
 二十歳はたちになるまで焼肉屋に入ったことがない岸田は普通じゃないよね、と誰かに言われたら、そんなことはないと一太は答えるだろう。自分がしている事が誰もがしている事って訳じゃない。

「村瀬くん、来たことあるの?」
「うん」
「すごい。どれが美味しいか教えてね」

 俺が? と一太は思ったが、一度食べて、ものすごく美味しいと思ったお肉が確かにある。二度目に焼肉屋に入った時はぼんやりしていて、入った覚えはあっても、何を食べたか正直ほとんど覚えていない。けれど、次もこれを食べたいと思いながら好きな肉を噛んでいたような気がする。あれが好きだった。薄く切ってあって最初から味が付いている肉。それに、さつまいもをじっくり焼くのも好きだ。かぼちゃも。すぐに焦げてしまうキャベツをじっと見張っているのも楽しい。

「俺の好きなの、いっぱいあるかも」
「うわ、楽しみ」

 お祝いだから、と皆で食べ放題コースにした。七人で大きめの個室に入って、二つ運ばれてきた七輪の上で色んなお肉や野菜を焼いた。それぞれのお勧めのお肉や野菜で、初心者の岸田のお皿の上はいっぱいになっていた。
 学食で、あれもこれもと晃が色んなメニューの味見をさせてくれていた事を思い出して、あれはこんな気持ちだったのか、と一太は笑った。
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