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382 卒業式 4 ◇楽しかったから

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 晃たちは式の後も、一太の涙と、しっかりもらい泣きした岸田の涙がおさまるのを待って、のんびりと式場にいた。合流した保護者席の母と安倍の母もしっかりと泣いていて、父もハンカチで目元を拭っていた。晃も、こんな風に目元が潤むのは初めてだ、と思いながら目元をハンカチで軽く拭う。卒業式で、泣いたことなんて無かった。
 病気が治るまでは、興奮したら心臓に負担がかかるから、なるべく穏やかに過ごしてください、と言われて育ち、色々と自身の諦めもあったことで、感情を爆発させたりはしない性格となったことを晃は自覚している。高校までは、学校生活を淡々と過ごしていた。だから、卒業するにあたって特別に思う所はなかった。終わったな、とそれだけ。離れたくない、と思うほど特別に仲が良い人間もいなかった。
 だが、今回は違う。
 安倍や岸田と離れるのが寂しい。学校生活が終わるのが寂しい。
 楽しかったんだな、僕。

「俺、卒業式で泣いたの初めてだわ」

 安倍も、手でぐいぐいと目元を擦りながら言った。今までの学校生活も楽しんでいそうな安倍でも、卒業式で泣いたのは初めてなのか、と晃は思った。

「頑張ったからだよ、皆ね」
「本当に、そうねえ」

 安倍の母が鼻をすすりながら言って、晃の母もうんうんと頷いた。母が、涙を隠す気がないことを、晃は不思議に思った。母は、晃の小学校の卒業式も中学校の卒業式も高校の卒業式もたぶん少し泣いていた。ハンカチで目元を拭っているのが、退場の時にいつも見えていた。けれど、式が終わって晃の前に立った時にはいつも、泣いていた様子はすっかりと無くなっていた。今回みたいに、目の前で泣いているのを見たのは初めてだ。
 母が、晃の前ではいつも明るく笑ってみせていたのは、晃が病気持ちだったから。病状が悪い時も不安にさせないようにとしていた演技が、そのまま日常になっていたに違いない。
 
「晃、頑張ったね。本当に頑張ったね」

 涙声の母にこうして真正面から褒められたら、一度止めた涙がまた溢れてしまいそうだ、と晃は困ってしまった。

「いっちゃんも、本当によく頑張った」
「晃、一太。改めて、卒業おめでとう」
「おめでとう」

 晃は、心の底から頭を下げた。

「父さん、母さん。ありがとう」
「陽子さん、誠さん。ありがとう」

 隣で、また泣き始めた一太が一緒に頭を下げていた。いっちゃんとは離れなくて済んで本当に良かった、と晃はしみじみ思った。
 感動のままに、昼ご飯を一緒に食べてからお別れしよう、と安倍たちと話がまとまり、揃って式場を出たところで。

「松島くん、二人で写真を撮ってほしい」

 華やかな袴姿の同級生たちに取り囲まれて、晃の気持ちは一気にすうっと冷えた。

「松島。顔、顔」

 安倍に言われたが、自分がどんな顔をしているかなんて見えないんだから、分かるわけがない。
 二人でって何だ? 大して仲の良くない人間とツーショットを撮ってどうするんだ?

「こんにちは」

 一人が声を上げたことで、私も、私もとどんどん希望者が増えていっていた。その人集りへ向かって、父がにこやかに声をかける。

「松島の父です。在学中は、息子が大変お世話になりました。息子に、こんなに大勢の学友がいることが分かって光栄ですよ。これは、一人ずつと撮影していては日が暮れてしまいそうだ。集合写真を撮って、本日は解散としよう。一緒に写真を撮りたい者は、その辺りに集まりなさい」

 あっという間に集まってきた同級生をまとめあげた父は、背が高いからお前たちは後ろに並びなさい、と晃と安倍、ついでに一太と岸田も集団の後ろに置いて、集合写真を何枚か写して解散とした。式に参加していた他の子の保護者たちも、これはいいと喜んで一緒に写していたから、写真を送り合う手間もいらなそうだ。
 期せずしてクラス写真のようになった集合写真は、後ろからひょこりと顔を出した一太がとても喜んだので、晃の表情も穏やかに写っていて事なきを得た。

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