381 / 398
381 卒業式 3 これまでとこれから
しおりを挟む
卒業式は恙無く行われた。学長の長い挨拶も、これで最後かと真剣に聞いているうちに、一太は鼻の奥がつんとしてきてしまった。卒業するのだ、と実感が湧いてくる。
免許も無事に、取れるだけ取った。幼稚園教諭、保育士資格、社会福祉主事任用資格。免許があるというのは、なんて素晴らしいことだろう。
できた。できたんだ。
昼間の大学に通って、勉強することができた。一太は、授業を受けるのがもともととても好きだったのだ。落ち着いて、勉強のことだけを考えて勉強できるというのは幸せなことだった。
学食でご飯を食べるのは、すごく美味しかったなあ。安くて栄養満点で、大好きだった小学校の給食と同じくらい美味しかった。
ピアノが弾けるようになった。ちっとも上手ではなく、いつも必死に楽譜とにらめっこしているけれど、それでも右手と左手はちゃんと別々に動くようになった。
一太は、潤んだ瞳で隣の席に座る晃を見上げる。
一人じゃできなかった。晃や安倍、岸田が一緒にいてくれたからできたことだ。例えばお金があっても、一太は、一人なら学食で食べようとはしなかった。連れて行ってくれた温かい手があったから、美味しいご飯を毎日食べることができたのだ。
ピアノも。ピアノも、頑張れば、頑張って練習すればできるようになると、一太はやり始める前は思っていた。何でも、自分が努力さえすれば何とかなってきた。何とかしてきた。何とかしなければ生きてはこられなかった。けれど、どうにもならないこともあるかもしれない、とピアノの練習を始めて、初めて一太は思った。センスがなければ、またはやり方を知らなければ、どうしてもできるようにはならない、それがピアノだったのだ。一太には、センスが無かった。
ピアノ室を貸してほしい、と晃に頼んだあの日。予約を取るのが難しいピアノ室を、後から行って貸してほしいなんて言った一太の無茶なお願いを、晃は聞いてくれた。その上、ピアノの弾き方を教えてくれた。単位を落とさず済むかもしれない、と希望が見えたあの日。
あの日から、一太はひとりぼっちじゃなくなった。
晃は、今もこうして隣にいてくれる。あの時は、本当に切羽詰まっていたのも良かったのだ、たぶん。無我夢中だったから、あんな無茶なお願いをすることができた。
色んな運の良い偶然が重なって、そうしてこんなに幸せな日々を一太は謳歌している。この先もまた、未来は希望に満ち溢れていて、そして、大好きな人はずっと側にいてくれると誓ってくれた。
俺はなんて幸せ者なんだろう。
流れ始めた卒業の歌を聞きながら、一太の目から涙は止まらなかった。
免許も無事に、取れるだけ取った。幼稚園教諭、保育士資格、社会福祉主事任用資格。免許があるというのは、なんて素晴らしいことだろう。
できた。できたんだ。
昼間の大学に通って、勉強することができた。一太は、授業を受けるのがもともととても好きだったのだ。落ち着いて、勉強のことだけを考えて勉強できるというのは幸せなことだった。
学食でご飯を食べるのは、すごく美味しかったなあ。安くて栄養満点で、大好きだった小学校の給食と同じくらい美味しかった。
ピアノが弾けるようになった。ちっとも上手ではなく、いつも必死に楽譜とにらめっこしているけれど、それでも右手と左手はちゃんと別々に動くようになった。
一太は、潤んだ瞳で隣の席に座る晃を見上げる。
一人じゃできなかった。晃や安倍、岸田が一緒にいてくれたからできたことだ。例えばお金があっても、一太は、一人なら学食で食べようとはしなかった。連れて行ってくれた温かい手があったから、美味しいご飯を毎日食べることができたのだ。
ピアノも。ピアノも、頑張れば、頑張って練習すればできるようになると、一太はやり始める前は思っていた。何でも、自分が努力さえすれば何とかなってきた。何とかしてきた。何とかしなければ生きてはこられなかった。けれど、どうにもならないこともあるかもしれない、とピアノの練習を始めて、初めて一太は思った。センスがなければ、またはやり方を知らなければ、どうしてもできるようにはならない、それがピアノだったのだ。一太には、センスが無かった。
ピアノ室を貸してほしい、と晃に頼んだあの日。予約を取るのが難しいピアノ室を、後から行って貸してほしいなんて言った一太の無茶なお願いを、晃は聞いてくれた。その上、ピアノの弾き方を教えてくれた。単位を落とさず済むかもしれない、と希望が見えたあの日。
あの日から、一太はひとりぼっちじゃなくなった。
晃は、今もこうして隣にいてくれる。あの時は、本当に切羽詰まっていたのも良かったのだ、たぶん。無我夢中だったから、あんな無茶なお願いをすることができた。
色んな運の良い偶然が重なって、そうしてこんなに幸せな日々を一太は謳歌している。この先もまた、未来は希望に満ち溢れていて、そして、大好きな人はずっと側にいてくれると誓ってくれた。
俺はなんて幸せ者なんだろう。
流れ始めた卒業の歌を聞きながら、一太の目から涙は止まらなかった。
358
お気に入りに追加
2,090
あなたにおすすめの小説

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

BLR15【完結】ある日指輪を拾ったら、国を救った英雄の強面騎士団長と一緒に暮らすことになりました
厘/りん
BL
ナルン王国の下町に暮らす ルカ。
この国は一部の人だけに使える魔法が神様から贈られる。ルカはその一人で武器や防具、アクセサリーに『加護』を付けて売って生活をしていた。
ある日、配達の為に下町を歩いていたら指輪が落ちていた。見覚えのある指輪だったので届けに行くと…。
国を救った英雄(強面の可愛い物好き)と出生に秘密ありの痩せた青年のお話。
☆英雄騎士 現在28歳
ルカ 現在18歳
☆第11回BL小説大賞 21位
皆様のおかげで、奨励賞をいただきました。ありがとう御座いました。

BL世界に転生したけど主人公の弟で悪役だったのでほっといてください
わさび
BL
前世、妹から聞いていたBL世界に転生してしまった主人公。
まだ転生したのはいいとして、何故よりにもよって悪役である弟に転生してしまったのか…!?
悪役の弟が抱えていたであろう嫉妬に抗いつつ転生生活を過ごす物語。


ハイスペックストーカーに追われています
たかつきよしき
BL
祐樹は美少女顔負けの美貌で、朝の通勤ラッシュアワーを、女性専用車両に乗ることで回避していた。しかし、そんなことをしたバチなのか、ハイスペック男子の昌磨に一目惚れされて求愛をうける。男に告白されるなんて、冗談じゃねぇ!!と思ったが、この昌磨という男なかなかのハイスペック。利用できる!と、判断して、近づいたのが失敗の始まり。とある切っ掛けで、男だとバラしても昌磨の愛は諦めることを知らず、ハイスペックぶりをフルに活用して迫ってくる!!
と言うタイトル通りの内容。前半は笑ってもらえたらなぁと言う気持ちで、後半はシリアスにBLらしく萌えると感じて頂けるように書きました。
完結しました。
期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています
ぽんちゃん
BL
病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。
謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。
五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。
剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。
加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。
そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。
次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。
一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。
妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。
我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。
こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。
同性婚が当たり前の世界。
女性も登場しますが、恋愛には発展しません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる