【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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379 卒業式 1 楽しかったから終わるのが寂しい

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 校門前に卒業式の看板は設置されていなくて、来た人は皆、足早に校門をくぐって行った。空いててラッキー、と喜んだ陽子は、学校名の書かれた校門の横に晃と一太を立たせて、まずは一枚、写真を撮った。

「ふふ。穴場」

 卒業式かどうかは分かりにくいと思うが、陽子が喜んでいるからまあいいだろう、と男性三人で顔を見合せて笑う。四人で門をくぐると、二年間通った学校とも今日でお別れか、と一太はふいに思った。何だか寂しかった。

「なんか、寂しいね」
「うん」

 晃も同じ気持ちだったらしい。

「僕、卒業式でこんな気持ちになったの初めてだ。大学、楽しかった」
「俺も」

 同じだ、と一太は思った。大学生活は、本当に楽しかった。こんなに楽しい生活を送れるなんて、夢にも思っていなかった。いや、夢にみていた普通の学校生活を送ることができた、と言えるのかもしれない。一太が想像していたよりもっとずっと、夢のように楽しい日々だった。

「今は、こうして幾つも看板を立ててくれるから助かるわ。お姉ちゃんの時は、一つに大行列だったもの」
「学校側も、色々考えてくれてるんだよ」

 卒業式が行われる体育館前の開けた場所に、看板が幾つも設置してあった。どれにも同じように、卒業式の大きな文字と大学名と何年度の卒業生かということが書かれていて、どこで撮っても同じになっている。それぞれに少しずつ行列ができていた。女性の多い大学ならではの華やかさで、ほとんどの人が袴姿で綺麗に髪を結い上げていた。
 適当な所に並んで順番を待ち始めると、おーい、と声がする。校門から走ってきた安倍が、晃と一太の側へ来て、おはようと言った。すぐに真後ろに並んで、陽子や誠にも丁寧に挨拶をして頭を下げている。

「黒いから見つけやすかった」

 そう言って笑った安倍も、同じようなスーツ姿だった。

「おはよう。一人?」
「いや? 母と早織さおりが一緒だけど?」

 後ろから、つよし! と大きな声が響いた。

「あんた! 小さい頃から何にも変わってないね! 勝手に走っていくなといつもいつも……」

 元気な女の人が近くに早足で歩いて来ながらそこまで言いかけて、口を噤む。それから、晃と一太、陽子に誠へと視線を走らせた。

「ああー! 松島くんでしょう? こっちは村瀬くん? お父さんとお母さんですか? いつもうちの剛と早織ちゃんがお世話になってます。仲良くしてもらってありがとうね!」
「俺がお世話してんだよ」
「うるさい。あんたは黙ってて」
「はいはい」

 安倍は、安倍の母と一緒に歩いてきた岸田を隣に並ばせてから、口にチャックをする仕草をした。あはは、と一太は笑う。岸田も、くすっと笑顔を見せた。岸田の親は来ていないらしい。でも今、安倍の母が、うちの剛と早織ちゃんと言っていた。なら、いいのか、と一太は思った。自分と一緒だ。見守ってくれる人がいる。

「おはようございます。こちらこそ、うちの晃といっちゃんがお世話になってます。安倍くん、本当にありがとう」
「いえいえ。女の子の多い学校で、一緒にいられる友だちを見つけることができて本当に良かったと思ってたんですよ」

 母親同士が盛り上がり始めて、晃と安倍が顔を見合せる。安倍はまた、チャックを開く仕草をしてから口を開いた。

「うちの母ちゃん、うるさくてごめんな」
「うちも同じだよ。ごめん」
「いやあ、なんか松島んち上品だからさ」
「どこが?」

 一太は、岸田の格好がどうしても気になって聞いてしまう。

「袴じゃないの?」

 岸田は、一太たちと似たような黒っぽいスーツ姿だったのだ。

「あれ、レンタルで七万九千円」
「ええっ?」

 あまりの金額に、一太は絶句してしまった。
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