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376 内緒にしたい写真もあります
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お風呂上がりのソファで、安倍と岸田から送られてきた旅行の写真を片っ端から保存しながら、一太はけらけらと笑った。
「なに?」
一太の濡れた頭を優しく拭いていた晃が、一太の手の携帯電話を覗き込んでくる。
「パンダ」
「ああ」
そこには、大きなパンダのぬいぐるみにまたがって笑う一太の写真が見えていた。上に乗るのにも苦労するような大きなパンダの乗り物は、遊園地の園内にあった乗り物だ。手首に巻いた乗り物フリーパス券では動かない、現金二百円を入れたら動く乗り物だった。広場のような所に二台ぽつんと置いてあって、うわ、懐かしいと岸田が言った。
「これって昔からあるよね」
「どこにでもあるな」
「そうなんだ」
一太と晃の声が重なった。
「子どもの頃、ここじゃない遊園地に行った時にも見かけた」
「私も」
「へえ」
ここの前に四人で行ったことのある遊園地では見かけなかったが、そちらが珍しかったのかもしれない。あの遊園地は、ここよりとんでもなく広くて人の数も多かった。乗り物に乗るのはもちろん、ポップコーンや食事を買うためにも並ばなければならなかった。混んでいて、たくさんの乗り物には乗れなかったけれど、歩いているだけでも楽しい仕掛けがそこかしこにあった。
気に入った乗り物を何周も乗ることのできるこの遊園地とはまた、遊び方が違う。遊園地と一括りに言っても、内容は様々なのだろう。この遊園地には、ポップコーンの甘い匂いはしていないな、と一太はふと思った。あの時のポップコーンがとても美味しかった覚えがあるから、あるのならここでも買って食べたかったな、なんて考えて、自分の中に比較できる遊園地があったことに驚いた。一太が二十年生きてきた中に存在しなかった遊びの体験が、この一、二年の大学生活に全部詰まっている。すごい。衝動的に家を飛び出した自分は正しかったのだと証明しているかのようだった。
「昔、すごく乗りたくて親にお願いしたんだけど、お姉ちゃんなんだから我慢しなさいって言われて、乗せてもらえなかったなあ」
「ふーん」
「弟は乗るんだよねえ。弟も無しなら納得するんだけど、私だけ駄目ってのが納得いかないというか……。いや、まあこれは愚痴。ごめん」
「今、乗る?」
「へ?」
「耐荷重八十キロ。余裕じゃん」
「え、ええー?」
安倍に言われて、岸田はきょろきょろと辺りを見渡した。平日の遊園地は本当に人が少なくて、広場周辺には四人の他に誰もいなかった。
「の、乗ろかな?」
「いいじゃん。乗っとけ乗っとけ」
安倍が、岸田をひょいと持ち上げて背の高いパンダに乗せる。素早くポケットを漁ると、二百円入れた。
「え? わ。きゃ。お金入れなくてもいいのに」
「いやー。やっぱ動いてんのに乗りたいじゃん?」
うご、うごとパンダが動き出す。ゆっくり、ほんの少しずつ右足、左足と動いて動くのが何とも言えず面白くて、一太は大笑いした。パンダの上で岸田もあははと笑っている。
「あはは。なんだろ、なんか、可笑しい。こんなんだったっけ?」
笑う岸田を安倍が写真に撮って、晃に見せた。お、という顔をした晃が一太をひょいと持ち上げてもう一台のパンダに乗せる。
「え? なになに?」
「いっちゃんも乗っておこう」
「え? ええっ?」
一太が戸惑ううちに二百円が投入されて、パンダはうごうごと動き出した。何とも言えない乗り心地に、笑いが込み上げてくる。
「あはは。なにこれ」
確かに、こんな面白い乗り物に目の前で弟だけ乗っていたら、自分も乗りたかったなあという気持ちがいつまでも残るかもしれない。そもそも遊園地に連れて行ってももらえなかった一太には、知ることの無い気持ちだったけれど。
良かったね、岸田さんと思いながら一太も乗っていたパンダの写真。
「この写真、持ってなかった」
晃からもらっていない。まあ、陽子に送るには少し恥ずかしい気がするから、無くてもいいんだけれど。
「待ち受けに設定した後、送るの忘れてた」
待ち受けって? と一太が思っている間に、タオルを置いた晃からもパンダに乗った一太の写真が送られてくる。
あまりに楽しそうにパンダにまたがっている自分の画像が恥ずかしくなって、一太は画像を保存してすぐに閉じた。
写真、何でも見せてね、全部ちょうだいね、と言っていた陽子さんには申し訳ないけれど、と一太は思う。
これは、陽子さんには送らないでおこう。
「なに?」
一太の濡れた頭を優しく拭いていた晃が、一太の手の携帯電話を覗き込んでくる。
「パンダ」
「ああ」
そこには、大きなパンダのぬいぐるみにまたがって笑う一太の写真が見えていた。上に乗るのにも苦労するような大きなパンダの乗り物は、遊園地の園内にあった乗り物だ。手首に巻いた乗り物フリーパス券では動かない、現金二百円を入れたら動く乗り物だった。広場のような所に二台ぽつんと置いてあって、うわ、懐かしいと岸田が言った。
「これって昔からあるよね」
「どこにでもあるな」
「そうなんだ」
一太と晃の声が重なった。
「子どもの頃、ここじゃない遊園地に行った時にも見かけた」
「私も」
「へえ」
ここの前に四人で行ったことのある遊園地では見かけなかったが、そちらが珍しかったのかもしれない。あの遊園地は、ここよりとんでもなく広くて人の数も多かった。乗り物に乗るのはもちろん、ポップコーンや食事を買うためにも並ばなければならなかった。混んでいて、たくさんの乗り物には乗れなかったけれど、歩いているだけでも楽しい仕掛けがそこかしこにあった。
気に入った乗り物を何周も乗ることのできるこの遊園地とはまた、遊び方が違う。遊園地と一括りに言っても、内容は様々なのだろう。この遊園地には、ポップコーンの甘い匂いはしていないな、と一太はふと思った。あの時のポップコーンがとても美味しかった覚えがあるから、あるのならここでも買って食べたかったな、なんて考えて、自分の中に比較できる遊園地があったことに驚いた。一太が二十年生きてきた中に存在しなかった遊びの体験が、この一、二年の大学生活に全部詰まっている。すごい。衝動的に家を飛び出した自分は正しかったのだと証明しているかのようだった。
「昔、すごく乗りたくて親にお願いしたんだけど、お姉ちゃんなんだから我慢しなさいって言われて、乗せてもらえなかったなあ」
「ふーん」
「弟は乗るんだよねえ。弟も無しなら納得するんだけど、私だけ駄目ってのが納得いかないというか……。いや、まあこれは愚痴。ごめん」
「今、乗る?」
「へ?」
「耐荷重八十キロ。余裕じゃん」
「え、ええー?」
安倍に言われて、岸田はきょろきょろと辺りを見渡した。平日の遊園地は本当に人が少なくて、広場周辺には四人の他に誰もいなかった。
「の、乗ろかな?」
「いいじゃん。乗っとけ乗っとけ」
安倍が、岸田をひょいと持ち上げて背の高いパンダに乗せる。素早くポケットを漁ると、二百円入れた。
「え? わ。きゃ。お金入れなくてもいいのに」
「いやー。やっぱ動いてんのに乗りたいじゃん?」
うご、うごとパンダが動き出す。ゆっくり、ほんの少しずつ右足、左足と動いて動くのが何とも言えず面白くて、一太は大笑いした。パンダの上で岸田もあははと笑っている。
「あはは。なんだろ、なんか、可笑しい。こんなんだったっけ?」
笑う岸田を安倍が写真に撮って、晃に見せた。お、という顔をした晃が一太をひょいと持ち上げてもう一台のパンダに乗せる。
「え? なになに?」
「いっちゃんも乗っておこう」
「え? ええっ?」
一太が戸惑ううちに二百円が投入されて、パンダはうごうごと動き出した。何とも言えない乗り心地に、笑いが込み上げてくる。
「あはは。なにこれ」
確かに、こんな面白い乗り物に目の前で弟だけ乗っていたら、自分も乗りたかったなあという気持ちがいつまでも残るかもしれない。そもそも遊園地に連れて行ってももらえなかった一太には、知ることの無い気持ちだったけれど。
良かったね、岸田さんと思いながら一太も乗っていたパンダの写真。
「この写真、持ってなかった」
晃からもらっていない。まあ、陽子に送るには少し恥ずかしい気がするから、無くてもいいんだけれど。
「待ち受けに設定した後、送るの忘れてた」
待ち受けって? と一太が思っている間に、タオルを置いた晃からもパンダに乗った一太の写真が送られてくる。
あまりに楽しそうにパンダにまたがっている自分の画像が恥ずかしくなって、一太は画像を保存してすぐに閉じた。
写真、何でも見せてね、全部ちょうだいね、と言っていた陽子さんには申し訳ないけれど、と一太は思う。
これは、陽子さんには送らないでおこう。
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