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368 卒業旅行 17 修学旅行と言えばこれ
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「夜の楽しみはこれからだろ」
そう言いながら安倍は、トランプを持って一太と晃の部屋へやって来た。後ろについてきた岸田も、ジュースとお菓子の入った袋を手に笑っている。
遠慮なく一つのベッドの上に上がった二人は、二つのベッドの真ん中にある机にそれらを置いた。
戸惑う一太の手を引いて、晃がもう一つのベッドに上がる。
「まくら投げするには枕が少なすぎるからなあ。トランプくらいにしとこうぜ」
「まくら投げ」
「おう。知らねえか? 修学旅行と言えばこれっていう遊びだ」
単語を繰り返した一太に安倍が説明する。
「そうなんだ」
「おう。こうやってな」
そう言うなり、枕が一つ飛んできた。
「わっ」
一太は咄嗟に、顔の前に両手をクロスしてうつむいた。顔には重要な器官が多いし頭の方が硬いから、何か急な飛来物を受けるのは頭の方が被害が少なくて済む。例えそれが柔らかそうな枕だと認識していても、染み付いた習慣通りに体は動いた。だが、ぼすっという音がしても一太に衝撃はなく、恐る恐る顔を上げる。目の前に晃の背中があった。
「いっちゃんに急な攻撃は駄目だ」
「あ、わりい」
そう言いながらも晃は、体にぶつかってベッドの上に落ちた枕と、自分の座っている側にあった枕を両手に掴んだ。更にもう一つある枕も掴んで一太に渡す。そういえば、何故一つのベッドに枕は二つずつ置いてあるんだろう?
一太がそう思ううちに、晃が安倍に向かって両手の枕をぽんぽんと続けざまに投げる。
「ははっ。甘い」
けれど、安倍が二つともを受け止めたのを見て、晃が言った。
「いっちゃん今だ。投げて」
ん? 投げて? これ?
一太は、一旦きょろきょろとしてから、えいっとその枕を両手で投げてみた。二人のように片手で投げるには大きいように思ったからだ。それでも安倍の目の前で枕が落ちる。
「ぶはっ。村瀬、非力」
む、と眉が寄る。非力な訳じゃない。投げ方がいまいち分からなかっただけだ。
また安倍の手の中の枕が飛んできて晃が受け止めた。ぽんぽんぽんと三つ。晃は、三つ目は抱えた二つの枕を盾に下に落とした。
「早織、もう一つ」
「はいはい」
「晃くん、貸して。俺にも貸して」
晃の横に並んで座り、一太は手を差し出した。
何度かやればコツは掴めるんじゃないだろうか。安倍がやったように、真似をして手を振り上げて……。そう思ったが、手が小さいからか枕が上手く片手で持ち上がらない。悔しい、と思いながら、また両手で、さっきより勢いをつけて投げてみた。入れ違いにきた枕が、ぼすっと一太の顔に当たる。
「いっちゃん、大丈夫?」
「村瀬くん、大丈夫?」
晃と岸田の心配する声が聞こえたが、枕なんて顔に当たってもちっとも痛くなかった。
痛くない。そう、痛くないのだ。当たっても痛くない。
これは丸っきり遊びで、ただただ楽しいばっかりのもの。
「へへ」
枕が当たってしまったのに、一太は笑ってしまうのを止められなかった。
「痛くない」
「良かった」
「枕だもんね。あー、良かった」
一太の笑顔を見た晃と岸田が、ほっとした声を上げる。
「なんだ、お前ら。村瀬の心配ばっかりしやがって。俺の顔にも村瀬の攻撃が当たってたんだが?」
ん? なんて? 村瀬の攻撃が当たってた?
「やったー」
一太がばんざいして声を上げると、
「おめでとう」
「村瀬くん、すごい」
と、晃と岸田から拍手が沸いた。
「早織?! こっちのチームじゃねえの?」
「あはははは」
うわあ。これ楽しい。
一太は笑顔で、手元の枕をまた安倍に目掛けて投げる。俺ばっかり、という言葉は聞こえない振りをした。岸田さんは実はこっちのチームだから、当てちゃいけない。
その後もしばらく、四つの枕は部屋を飛び交っていた。
修学旅行と言えばこれ、と言われる遊び。なるほど、納得だと一太は思った。
そう言いながら安倍は、トランプを持って一太と晃の部屋へやって来た。後ろについてきた岸田も、ジュースとお菓子の入った袋を手に笑っている。
遠慮なく一つのベッドの上に上がった二人は、二つのベッドの真ん中にある机にそれらを置いた。
戸惑う一太の手を引いて、晃がもう一つのベッドに上がる。
「まくら投げするには枕が少なすぎるからなあ。トランプくらいにしとこうぜ」
「まくら投げ」
「おう。知らねえか? 修学旅行と言えばこれっていう遊びだ」
単語を繰り返した一太に安倍が説明する。
「そうなんだ」
「おう。こうやってな」
そう言うなり、枕が一つ飛んできた。
「わっ」
一太は咄嗟に、顔の前に両手をクロスしてうつむいた。顔には重要な器官が多いし頭の方が硬いから、何か急な飛来物を受けるのは頭の方が被害が少なくて済む。例えそれが柔らかそうな枕だと認識していても、染み付いた習慣通りに体は動いた。だが、ぼすっという音がしても一太に衝撃はなく、恐る恐る顔を上げる。目の前に晃の背中があった。
「いっちゃんに急な攻撃は駄目だ」
「あ、わりい」
そう言いながらも晃は、体にぶつかってベッドの上に落ちた枕と、自分の座っている側にあった枕を両手に掴んだ。更にもう一つある枕も掴んで一太に渡す。そういえば、何故一つのベッドに枕は二つずつ置いてあるんだろう?
一太がそう思ううちに、晃が安倍に向かって両手の枕をぽんぽんと続けざまに投げる。
「ははっ。甘い」
けれど、安倍が二つともを受け止めたのを見て、晃が言った。
「いっちゃん今だ。投げて」
ん? 投げて? これ?
一太は、一旦きょろきょろとしてから、えいっとその枕を両手で投げてみた。二人のように片手で投げるには大きいように思ったからだ。それでも安倍の目の前で枕が落ちる。
「ぶはっ。村瀬、非力」
む、と眉が寄る。非力な訳じゃない。投げ方がいまいち分からなかっただけだ。
また安倍の手の中の枕が飛んできて晃が受け止めた。ぽんぽんぽんと三つ。晃は、三つ目は抱えた二つの枕を盾に下に落とした。
「早織、もう一つ」
「はいはい」
「晃くん、貸して。俺にも貸して」
晃の横に並んで座り、一太は手を差し出した。
何度かやればコツは掴めるんじゃないだろうか。安倍がやったように、真似をして手を振り上げて……。そう思ったが、手が小さいからか枕が上手く片手で持ち上がらない。悔しい、と思いながら、また両手で、さっきより勢いをつけて投げてみた。入れ違いにきた枕が、ぼすっと一太の顔に当たる。
「いっちゃん、大丈夫?」
「村瀬くん、大丈夫?」
晃と岸田の心配する声が聞こえたが、枕なんて顔に当たってもちっとも痛くなかった。
痛くない。そう、痛くないのだ。当たっても痛くない。
これは丸っきり遊びで、ただただ楽しいばっかりのもの。
「へへ」
枕が当たってしまったのに、一太は笑ってしまうのを止められなかった。
「痛くない」
「良かった」
「枕だもんね。あー、良かった」
一太の笑顔を見た晃と岸田が、ほっとした声を上げる。
「なんだ、お前ら。村瀬の心配ばっかりしやがって。俺の顔にも村瀬の攻撃が当たってたんだが?」
ん? なんて? 村瀬の攻撃が当たってた?
「やったー」
一太がばんざいして声を上げると、
「おめでとう」
「村瀬くん、すごい」
と、晃と岸田から拍手が沸いた。
「早織?! こっちのチームじゃねえの?」
「あはははは」
うわあ。これ楽しい。
一太は笑顔で、手元の枕をまた安倍に目掛けて投げる。俺ばっかり、という言葉は聞こえない振りをした。岸田さんは実はこっちのチームだから、当てちゃいけない。
その後もしばらく、四つの枕は部屋を飛び交っていた。
修学旅行と言えばこれ、と言われる遊び。なるほど、納得だと一太は思った。
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