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364 卒業旅行 13 どーよ、浴衣は?
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「遅えよ、お前ら。ほら、ちゃっちゃと下着の替えを出せ」
「え。あ、うん」
「安倍くんが早いんだよ」
一太は、慌てて鞄を置いた。鞄も持ったまま、部屋の中をうろうろと見て回っていたらしい。
「ほら。村瀬、服脱げ」
「へ?」
「浴衣、着せてやるから、下着だけになれ」
「あ、うん」
浴衣。浴衣かあ。一太は、安倍の姿をまじまじと見る。これが浴衣か、と。一太の人生の中に無かったものだ。寝間着があると書いてあったのはこれなのか。
服を脱いだ一太の、殴られ蹴られ煙草の火を肌に押しつけられてできた様々な色の皮膚に、目の前の安倍が少し息を飲んだのが分かる。けれど、安倍は何も言わずに浴衣を広げて一太に着せてくれた。
「おおお」
「どーよ、浴衣は?」
「何か、色んな所がすーすーする」
「ははっ。なるほど」
安倍くんは、気持ちの良い人だなあと一太は思う。浴衣なんて初めてなんだろうとか、そんなこと何にも言わない。でも知らん顔もしない。初めて着た浴衣の感想もちゃんと聞いてくれる。こんな人、いるんだなあ。いたんだなあ。
「安倍くん、僕も上手く着れない」
「あー、はいはい」
一人で奮闘していた晃から声が上がった。服を脱いで浴衣を羽織ったあと、どちらを上に合わせたらいいかという所で迷ってしまったらしい。
助けに行った安倍が、あっという間に着付けていく。
「左手の方が上な。村瀬も覚えとけよ。またどっかで着る機会があるかもしれねえんだから」
「え?」
「こういう宿とかではさ、浴衣を置いてあるとこ多いから」
「あ、うん」
またどこかで。
そのために覚えておく。
そうか。もうその時には、一太にとって浴衣は初めてではないし、着方も今練習したら着られるようになるんだ。
そうかあ、と一太はよく分からないことに感動しながら、替えのパンツとバスタオルをビニール袋に入れてぶら下げ、靴を備え付けのスリッパに履き替えて部屋の外に出た。廊下には、同じ格好の岸田が待っていた。一太は、浴衣は男も女も同じなんだなあ、なんて思った。
「お待たせ。ごめんね」
松島が言う。
「ううん。私も今出てきたとこ。剛くんが早すぎなんだよ」
「だよね?」
「風呂は早めに行った方が空いてていいんだって」
「あーはいはい」
一太は、大浴場なんだから、少々人がいても狭くなることはないと思うけどなあなんて考えながら、すたすたと歩く安倍の後に続いた。大学に入ってからほんの数回行った銭湯は、いつも結構人がいたが洗い場に困ることはなかった。
じゃ、また後で。一時間くらい入ってくる、と安倍は大浴場の入り口で岸田と別れる。
「え? 一時間?」
「おう。短かったか? なら、もっと入ってもいいぞ。早織が部屋の鍵持ってるから、俺らが遅かったら先に帰ってるだろ」
「……」
一時間は長すぎじゃないか、と言えずに一太は口を閉じた。修学旅行の風呂って、長くかかるものだったっけ?
「え。あ、うん」
「安倍くんが早いんだよ」
一太は、慌てて鞄を置いた。鞄も持ったまま、部屋の中をうろうろと見て回っていたらしい。
「ほら。村瀬、服脱げ」
「へ?」
「浴衣、着せてやるから、下着だけになれ」
「あ、うん」
浴衣。浴衣かあ。一太は、安倍の姿をまじまじと見る。これが浴衣か、と。一太の人生の中に無かったものだ。寝間着があると書いてあったのはこれなのか。
服を脱いだ一太の、殴られ蹴られ煙草の火を肌に押しつけられてできた様々な色の皮膚に、目の前の安倍が少し息を飲んだのが分かる。けれど、安倍は何も言わずに浴衣を広げて一太に着せてくれた。
「おおお」
「どーよ、浴衣は?」
「何か、色んな所がすーすーする」
「ははっ。なるほど」
安倍くんは、気持ちの良い人だなあと一太は思う。浴衣なんて初めてなんだろうとか、そんなこと何にも言わない。でも知らん顔もしない。初めて着た浴衣の感想もちゃんと聞いてくれる。こんな人、いるんだなあ。いたんだなあ。
「安倍くん、僕も上手く着れない」
「あー、はいはい」
一人で奮闘していた晃から声が上がった。服を脱いで浴衣を羽織ったあと、どちらを上に合わせたらいいかという所で迷ってしまったらしい。
助けに行った安倍が、あっという間に着付けていく。
「左手の方が上な。村瀬も覚えとけよ。またどっかで着る機会があるかもしれねえんだから」
「え?」
「こういう宿とかではさ、浴衣を置いてあるとこ多いから」
「あ、うん」
またどこかで。
そのために覚えておく。
そうか。もうその時には、一太にとって浴衣は初めてではないし、着方も今練習したら着られるようになるんだ。
そうかあ、と一太はよく分からないことに感動しながら、替えのパンツとバスタオルをビニール袋に入れてぶら下げ、靴を備え付けのスリッパに履き替えて部屋の外に出た。廊下には、同じ格好の岸田が待っていた。一太は、浴衣は男も女も同じなんだなあ、なんて思った。
「お待たせ。ごめんね」
松島が言う。
「ううん。私も今出てきたとこ。剛くんが早すぎなんだよ」
「だよね?」
「風呂は早めに行った方が空いてていいんだって」
「あーはいはい」
一太は、大浴場なんだから、少々人がいても狭くなることはないと思うけどなあなんて考えながら、すたすたと歩く安倍の後に続いた。大学に入ってからほんの数回行った銭湯は、いつも結構人がいたが洗い場に困ることはなかった。
じゃ、また後で。一時間くらい入ってくる、と安倍は大浴場の入り口で岸田と別れる。
「え? 一時間?」
「おう。短かったか? なら、もっと入ってもいいぞ。早織が部屋の鍵持ってるから、俺らが遅かったら先に帰ってるだろ」
「……」
一時間は長すぎじゃないか、と言えずに一太は口を閉じた。修学旅行の風呂って、長くかかるものだったっけ?
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