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363 卒業旅行 12 ◇楽しみはこれから

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「うわあ……。うわあ……」

 先ほどから一太は、うわあ、としか言っていない。夕食を終えてチェックインしたホテルの部屋は、普通に普通のホテルの様相だった。シングルのベッドが二つ。大きめのテレビ。トイレとバスタブと洗面台が同じ空間にある一室。中学校や高校の修学旅行でも、二、三人ずつこんな感じの部屋に泊まったな、と晃は思う。靴は脱がずに部屋に入り、置いてあるスリッパに履き替えた。
 まあ、一太はホテルに入るのが初めてなのだろうと分かっているので、晃は黙って見守っていた。こんな風に、初めての感動を隠さずにいてくれるのは嬉しいことだ。一太が、こんなことで驚いたりしたら恥ずかしいかもしれない、などと気にして色んな感情を飲み込んでいた頃より、よほど良かった。誰にだって、初めてで分からないことや初めてで嬉しいことはあるのだから、これでいいのだ。晃の前で、一太が素のままで振舞ってくれることがとても嬉しかった。
 晃は、ホテルの部屋の写真を撮るふりをして、初めてのホテルに感動する一太の写真を撮った。
 こんこん、と扉がノックされる。

「風呂、一緒に行こうぜ」

 隣に、岸田と二人で部屋を取った安倍の声がする。随分と早い、と思いつつ晃は扉を開けた。遠慮なく中に入ってきた安倍は、ホテルに備え付けの浴衣姿だった。このホテルは、自室のバスルームの他に地下に大浴場があるホテルなのだ。同じような値段の似たホテルの中でここに決めたのは、大浴場付きがいいと安倍が強く推したからだった。
 胸の手術痕を人に見られるのが嫌で大浴場から逃げ回ってきた晃としては複雑な心境だったが、何か修学旅行みてえでよくない? との安倍の言葉に一太が目を輝かしたのを見てしまったので、嫌とは言えなかった。いや。嫌ではなかった。何となく。何となくだが、そうして修学旅行気分を晃も味わってみたくなったのだ。何で松島だけ部屋風呂なん? としつこく言われながら、小さな風呂で、とにかく急いで体を洗って服を着ただけの思い出を上書きしたくなったのだ。
 一太とは、毎日一緒に風呂に入っているのだし今更だ。一太は晃の手術痕を、晃くんが頑張ったあかしだと言った。安倍が晃の手術痕を見て、気持ち悪いなどと言う想像はこれっぽっちもできなかった。何故か、一太と同じようなことを言うような気がした。
 それに、見知らぬ人が大浴場にいたとして、その人たちが、晃の手術痕が気持ち悪いから一緒に風呂に入りたくないと言うなどとは思えない。なら、何も気にすることはないじゃないか。

「お前ら、まだ準備できてねえじゃん。早く浴衣着ろ。んでバスタオルと替えのパンツ持って行くぞ」
「ごめんごめん。安倍くん、早すぎ」
「でっかい風呂、好きなんだよなー。ここ大浴場あって良かったな。こういうホテルの部屋の風呂って狭いじゃん? 洗い場ないし。明日の朝も早起きして行こうぜ、大浴場」
「朝も?」

 一太が驚いている。

「おう。朝の六時から開いてるって言ってたから、入ってから朝食食べて出かけよう」

 七時から八時半の間に食べられるなら食べていってください、と無料の朝食券をもらった。サービスの朝食が付いているとネットで調べた時に書いてあったので、それもこのホテルを選んだ理由の一つだった。バイキング形式らしい。よく分からない顔で頷いていた一太はまた、明日の朝にバイキング形式の意味を知って驚く事だろう。
 まだまだ楽しいことはこれからだよ、いっちゃんと晃は笑う。晃もまた、苦手だったはずの大浴場へ行くというのにわくわくする、という不思議な感覚を味わっていた。
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