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345 ◇◇常識とは
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二人を見送って、陽子はすっかり気が抜けた。
「すき焼きの残りにうどん入れたらいいかなあ。それともご飯入れる?」
「何でもいいよ」
昨夜は、一太の大好きなすき焼きにした。晃の誕生日頃に、晃の好きな料理をとにかく片っ端から一太が作っていたから、成人式は一太の好物にしようと決めていたのだ。何が好物だと一太が言った訳ではないけれど、何となく特別に好きなんだろうなという雰囲気は分かる。昨日も、ご馳走だ、ご馳走だとしきりに言っていたから、多分認識は間違っていないだろう。もっとも、一太は陽子が何を作って出してもご馳走だ、美味しい、と大喜びしてくれるのだが。
今日の昼にもすき焼きの残りを食べさせてやりたかったが、夕方から早速バイトを入れている一太と晃は、朝の電車で帰ってしまった。
こちらでの滞在費を払うと言い出した一太と、要らない、いえ払います、いいや絶対に要らないとやり合ったのは今朝のことだ。体調を崩して仕事ができていないのだから、きっとお金に余裕が無いだろうに、本当に人に頼るということができない子である。結局、陽子が仕事の間は家事のほとんどを一手に引き受けてくれていた一太に、バイト代を払うと言ったらやっと引き下がってくれた。友だちの家にお泊まりする時に滞在費はいらない、というのは納得した話だと思っていたのだが、半月もの期間対価もなしで滞在していることが、一太の常識では納得できなかったらしい。
もう、一太のことを家族として扱っている松島家からすれば、うちの子が帰省して滞在費を払うなんてそんな馬鹿な、という話なのだが、一太に家族の常識が通用するまでにはまだ時間がかかりそうだ。
ま、ゆっくりやればいいか。
また来ます、と一太は言ったのだ。それで今回は充分だ。
「あら、松島さん。こんにちは。あけましておめでとうございます」
「あら、こんにちは。あけましておめでとうございます」
残ったすき焼きに入れるためのうどんを買い足そうと誠に寄ってもらったスーパーで、知り合いらしき人に声を掛けられた。あちらは、松島さんとこちらを呼んでいるのだが、相手の顔を見ても、陽子の頭に浮かんでくる名前は無かった。
「晃くん、帰省してたわね。昨日、うちの子が成人式の会場で出会ったって言ってたわ」
「ええ。今、大学近くの住まいへ帰った所です」
ははあ、晃の同級生の親か。晃は、家の行き来をするほど仲の良い友人などもなく、参観日なども来なくていいと言う方だったから、陽子が親しくしている親もほとんどいない。相手はよくこちらの顔と名前が一致しているなあと、陽子は妙な感心をしてしまった。
「そう。あの、こんなこと聞いていいのか分からないのだけれど、晃くんって、その、男の子と付き合っていたりするのかしら。うちの子がね、晃くんが、その、成人式の間中ずっと一人の男の子と手を繋いでいて、何だか、その、特別な関係に見えた、なんて言うものだから。それで私も思い返してみたら、この年末年始に時々ここに買い物に来ている晃くんを見かけてたのよ。ほら、晃くんってば目立つでしょう? その時もずっと手を繋いでいる男の子がいてね。いえ、松島さんはご存知なのかなってとても気になってしまって。その、だからどうと言うのではないのよ? 知らなかったなら、ごめんなさいね、おかしな事聞いちゃって」
ああ。昨夜、すき焼きを食べながら晃が上機嫌で話していた話だな、と陽子は思い当たる。
僕が普通じゃない、と同級生に言いふらされてるかもしれない。今までも、普通だったかどうかなんて分からないんだけどね。
「あの、何が仰りたいのかよく分からなかったのですが」
陽子は、名前も知らない晃の同級生の母に、にっこりと笑いかけた。
「すき焼きの残りにうどん入れたらいいかなあ。それともご飯入れる?」
「何でもいいよ」
昨夜は、一太の大好きなすき焼きにした。晃の誕生日頃に、晃の好きな料理をとにかく片っ端から一太が作っていたから、成人式は一太の好物にしようと決めていたのだ。何が好物だと一太が言った訳ではないけれど、何となく特別に好きなんだろうなという雰囲気は分かる。昨日も、ご馳走だ、ご馳走だとしきりに言っていたから、多分認識は間違っていないだろう。もっとも、一太は陽子が何を作って出してもご馳走だ、美味しい、と大喜びしてくれるのだが。
今日の昼にもすき焼きの残りを食べさせてやりたかったが、夕方から早速バイトを入れている一太と晃は、朝の電車で帰ってしまった。
こちらでの滞在費を払うと言い出した一太と、要らない、いえ払います、いいや絶対に要らないとやり合ったのは今朝のことだ。体調を崩して仕事ができていないのだから、きっとお金に余裕が無いだろうに、本当に人に頼るということができない子である。結局、陽子が仕事の間は家事のほとんどを一手に引き受けてくれていた一太に、バイト代を払うと言ったらやっと引き下がってくれた。友だちの家にお泊まりする時に滞在費はいらない、というのは納得した話だと思っていたのだが、半月もの期間対価もなしで滞在していることが、一太の常識では納得できなかったらしい。
もう、一太のことを家族として扱っている松島家からすれば、うちの子が帰省して滞在費を払うなんてそんな馬鹿な、という話なのだが、一太に家族の常識が通用するまでにはまだ時間がかかりそうだ。
ま、ゆっくりやればいいか。
また来ます、と一太は言ったのだ。それで今回は充分だ。
「あら、松島さん。こんにちは。あけましておめでとうございます」
「あら、こんにちは。あけましておめでとうございます」
残ったすき焼きに入れるためのうどんを買い足そうと誠に寄ってもらったスーパーで、知り合いらしき人に声を掛けられた。あちらは、松島さんとこちらを呼んでいるのだが、相手の顔を見ても、陽子の頭に浮かんでくる名前は無かった。
「晃くん、帰省してたわね。昨日、うちの子が成人式の会場で出会ったって言ってたわ」
「ええ。今、大学近くの住まいへ帰った所です」
ははあ、晃の同級生の親か。晃は、家の行き来をするほど仲の良い友人などもなく、参観日なども来なくていいと言う方だったから、陽子が親しくしている親もほとんどいない。相手はよくこちらの顔と名前が一致しているなあと、陽子は妙な感心をしてしまった。
「そう。あの、こんなこと聞いていいのか分からないのだけれど、晃くんって、その、男の子と付き合っていたりするのかしら。うちの子がね、晃くんが、その、成人式の間中ずっと一人の男の子と手を繋いでいて、何だか、その、特別な関係に見えた、なんて言うものだから。それで私も思い返してみたら、この年末年始に時々ここに買い物に来ている晃くんを見かけてたのよ。ほら、晃くんってば目立つでしょう? その時もずっと手を繋いでいる男の子がいてね。いえ、松島さんはご存知なのかなってとても気になってしまって。その、だからどうと言うのではないのよ? 知らなかったなら、ごめんなさいね、おかしな事聞いちゃって」
ああ。昨夜、すき焼きを食べながら晃が上機嫌で話していた話だな、と陽子は思い当たる。
僕が普通じゃない、と同級生に言いふらされてるかもしれない。今までも、普通だったかどうかなんて分からないんだけどね。
「あの、何が仰りたいのかよく分からなかったのですが」
陽子は、名前も知らない晃の同級生の母に、にっこりと笑いかけた。
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